夜空に消えた光・譲れない想い

□偶然が重なった奇跡
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「……っ」


 暖かい。……一時期感じていた肌寒さが嘘みたいだ。
 顔に光が差し込んでいるのを感じ、俺は薄らと目を開けてみる。青空が見えた。曇りも混じりっけもない清々しいまでの青。まるで空に海があるかのようだ。鳥生類のような空飛ぶ生物なども見受けられない。

(キレイ…だな…)

 不思議な開放感に晒される。横目で周囲を見渡すと無限に続きそうな草原、その反対側にはこれまた同じように湖が広がっていた。
 ……ココは一体何処なんだろう? 見覚えもなければ記憶の片隅にもない。そもそも自分がどうやってこんな所まで足取りを進めたかすらも分からなかった。身体も何処となく重たい。ひとまずまずは体を起き上がらせよう…と、俺はゆっくりと両手足に力を入れてみる。

「っ!」

 刹那、こみかみ部分に針を刺すような痛みが走った。頭痛? いや、多分違う。上手くは言えないが、デジャブなんだろうか。以前にも同じような体験をしたような……今の状況にしろ、体勢にしろ…。

(それに…)

 左腕を見る。正直ゾッとした。目覚めた段階では気づかなかったが、肩から肘の辺りにかけて、まるで巨大な大男に雑巾絞りでもされたかのように握り潰されていたのだ。当然原型も留めてなく、見るも無惨な惨状である。そして、後からその痛みが一気にやってくるんだと覚悟して待っていた。
 だが、どういうわけかいつまで経っても痛覚という名の痛みを全く感じない。試しに右手で掴んでみるが、全くのノーリアクション。出血もなく、挙げ句の果てにはこのような状態でも動かす事ができた。

(……どうなってんだ?)

 左腕とは別に、頭の針を刺すような痛みは更に強くなる。本来なら逆の気がしてならなかった。

「……ぁ」

 疑問はとにかく尽きなかったが、こういうのは考え出したらキリがない。考える事を一旦中断して再度両手足に力を入れる。ひとまず近くの湖で水分補給を取る事にしよう。喉もカラカラだ。
 フラつきながらも何とか立ち上がった俺は、ゆっくりと湖のある方へ足取りを進める。改めてこの湖を見渡すと、本当は湖ではなく海なんじゃないかと思うほど水色の範囲は広かった。水平線の彼方には霧が立ちこもっていて、見渡す限り、陸も孤島も何も見えない。近くには渡し船も置いてあり、この湖の広大さを示していた。

(飲めるかな? 濁ってる様子もな…)

「……」

 ちょうど水を飲もうと身を屈めた時、自分の顔が水面にくっきりと映し出される。思わず凝視してしまった。自分の顔立ちはまるで女じゃないのかと思うほど男らしくなかった。髪も長いし、瞳も大きい。服装が白という事も重なって、より一層そういう部分が際だって見える。
 本当に男なんだろうか? 一応確認はしてみる。……うん、ある。

(つーか、そもそも俺って……)



「そろそろ気づいてきたかい? ココがどういう所なのか」
「?」

 呆けていると何処からか語気の強そうな女性の声が耳に届いた。何だろうと声の主(あるじ)の方向へ振り返ってみる……と、

「まあ、初見ですぐに理解できた奴はいないだろうけどね」
「っ!?」

 反射的に後ろに飛び退ってしまった。振り返った先に居たのは、赤い瞳に同じ色の髪をトンボでツインテールしている女性で……その右手には死神を彷彿させるような巨大な鎌が握りしめられていた!

「っ! っ!!」
「あっ。ああー……何だか脅かしちまったみたいだね…」

 俺が指で指摘すると、赤髪の女性は苦笑しながら鎌を後ろにやる。俺が無警戒になった隙を狙うつもりなんだろうか? 彼女の服装は半袖にロングスカートの着物のようなものを着用し、腰には腰巻と決して死神とは呼びづらい様相だ。しかし、あの巨大鎌だ。油断できるわけがない。
 そんな警戒する俺に女性は手をヒラヒラさせながら言う。

「後ろのもんは別に放っておいても大丈夫だよ。死神だからといって別に危害を加えるわけじゃないからね」

 背後からそんな鋭利なもんが飛び出てるのに無視できるか! と、ツッコミを入れようとしたが声が出ない。金魚みたいに口をパクパクさせる事しかできなかった。

「……それと霊魂は会話する事ができない。まあ、厳密に言えばまだ死んでないんだろうけどね。生と死の狭間っていうのが一番正しいか」
「……!」

 死んだ? 俺が死んだ? そんな憶え全くない。
 どうして……どうしてそうなったんだっけ?

「後、今のあんたには生前の記憶はない。自分が誰かすらも分からない。そして、思い出す事もないさ」
「……」

 だから…なのか。だから、何も……自分が誰かすらも思い出す事ができないのか…。
 胸がキュッと痛くなる。自分が何処の誰だか分からないというのは何だか気持ち悪く、そして、何より怖かった…。

「まあ、深くは考えなさんな。今は四季様の審判の事だけ頭に入れときな」
「……?」

 四季? 一体誰の事だろう?

「四季映姫様。まあ、死者を裁く閻魔様って言えば分かるかな?」
「!?」

 閻魔……舌を抜かれる事で有名なあの閻魔…!?
 急に身震いがした。この死神さんはその映姫様の元へと連れていくつもりなんだろうか。

「裁くと言っても天界行き、冥界行き、最悪の地獄行きかを決める役割なんだ…っと、何処へ行こうとしてるんだい?」

 背後を向こうとした瞬間、彼女に喉元に鎌を突き付けられてしまった。流石にこの状態で動く訳にはいかない。自然と嫌な汗をかいてしまう。

「悪いけど逃げるのはナシだね。四季様には霊魂を連れてくるよう命じられてるんだ。仮に逃げ出す者がいる場合はその時は…ね」
「……」ダラダラ

 彼女の方に顔を向けると満面な笑みとは裏腹に、瞳の奥は持っている鎌と一緒にギラッと光った気がした。まるで「お前なんか私がいつでも裁く事ができる」と訴えているかのように…。

 この時の彼女の顔は、本当に死神の顔だったと思う…。

 
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