夜空に消えた光・譲れない想い

□塩→砂糖。いや、それとも蜂蜜?
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 ……しばらくしてフランが泣き止んだのを感じ、そっと体を離す。さっきまでの不安そうな表情は何処へやら、今はとても安心しきっていて、にぱっと笑顔も浮かべていた。

「えへへ、ユウヤってホントにあったかいね。またぽかぽかしちゃった♪」
「あ、あー……まあ、自覚はないんだけどね…」
「うん! ホントあったかい!」
「そ、そっか…」

 俺に抱きついた奴は決まって同じ反応である。フランに笑顔で連呼されたのでどう反応すればいいのか、とりあえず俺は頬を掻く。

(俺、冷え性で血圧も低い方なんだけどな…)

「ところでフラン。ここは紅魔館で間違いないよな?」
「うん。二階に空き部屋があったからそこに」

 俺は首を持ち上げながら部屋全体を見渡す。アンティーク、クローゼット、そして、俺が現在使っているベット以外は特に何も置かれていない部屋だった。大きさ的には大体俺の家を少し小さくした程度だろうか。壁画やカーペットは当然のように全面赤。窓から伸びてくる光はカーテンによって大分遮っている。
 落ち着きを取り戻したフランは椅子に座り直す。

「もー、大変だったんだよ? パチュリーには今夜が山だって言われて、心配で心配で昨日までずっとここで見てたんだから…」
「……その口ぶりだと、俺が死にかけたのはまだ昨日の出来事か」

 あんな大怪我でよく一日で意識が戻ったものだ。自分の身体ながら驚くべきなのか、呆れるべきなのか分からない。フランは続ける。

「後、左腕はぐちゃぐちゃで…何て言うか……山を越えても、もう一生動かなくなるかもって…」
「そっか…」
「あたしのせいで……ごめんなさい…」
「大丈夫だって。まだ動かなくなるって完全に決まったわけじゃないだろ? だったら、まだ笑顔でいられるよ」
「……完全に決まっちゃったら?」
「その時は……まあ、多分少しは落ち込むと思うけど、これも運命だったって受け入れるさ。既に終わった事に目を向けてもしょうがないよ」
「……何で?」
「え?」

 フランは突然泣きそうな表情に戻る。そして、質問攻めという形で口開いてきた。

「何であなたはあんな事をされても笑顔なの? 何で割り切れるの? 何で怒ろうとしないの? 何で優しいの? そもそも何で逃げなかったの?」
「え、えっと…」
「何で……あなたはそんなに強いの…?」
「……」

 それらの問いに、俺はフランの頭に手を乗せ答えた。

「俺はそんなに強くないよ。むしろ、過去に囚われてばっかり……弱い方だよ」
「でも…」
「でも、そんな俺を変えてくれた奴がいるんだよ。自分の醜い部分でさえ受け入れてくれた奴が。俺を一人にしなかった奴が。そういう真っ直ぐな奴が…」
「……」
「俺もそうなりたいって思った。誰かの支えになりたいって思った。……赤の他人でも、君たち姉妹の事を助けたいって思った」
「!」
「まあ、こんなの自分勝手も良い所なんだけどな。結局は死にかけるし、あいつにバカって言われても文句言えないよ」

 思わずクスリと笑ってしまう。あいつのいろんな表情が明確に思い出される。

「だから、俺は別に強くないし、一人じゃ生きてられないほど弱い。逃げてばかりだ。今でも支えられてるよ、あいつにね…」
「…も」
「ん?」
「あたしもなれるかな? その人みたいに、ユウヤみたいに…」

 この問いに、俺は何の迷いもなく二つ返事で答えた。

「ああ、なれるよ。フランは逃げなかったじゃないか。レミリアと仲直りする前は嫌われると思ったんだろ?」
「う、うん。でも、それはユウヤが…」
「俺がしたのはキッカケを与えただけ。他は何もしてないよ」
「ユウヤ…」
「それだけの勇気があればきっと助けられる。手を差し伸べられる。どんな困難にも絶対に…」
「……うん、ありがと」

 フランは安心したように微笑み、しばらくは俺の撫でる手を堪能しているようだった。何処となく妹ができたような気分になる。俺に妹がいたならこんな感じになるのだろうか? 彼女につられ、俺も自然と笑顔になる。 
 一呼吸置く。とにかく、フランの方はもう大丈夫そうに見えた。

(さて、後問題は…)





バンッ!!





「ユーヤっ! 大ケガしたって聞いたんだけど大丈夫なのっ!?」
「何でこータイミング良く来ちゃうんだろー…」

 撫でていた手はいつの間にか自分の頭へと移行していた。正直、いろんな意味を含めて、今は一番会いたくなかったかもしれない。さっきまで笑っていた俺も、今は全然笑えなかった。
 諦めるように視線をドアの方へ……あいつの方へと向ける…。

「チルノ…」
「ゆ、ユー…!!?」

 開けられたドアの先、チルノは居た。俺の現状を見てなのか、目を見開き驚愕の表情で…。
 チルノは俺の元へ一目散に駆け寄ってくる。

「な、何そのいっぱいのほーたいの量。何なのコレ…」
「え……えと…」
「左腕なんか一番酷いよ!! どうして、どうしてこんなにケガしちゃったのっ!? 血だってこんなにいっぱい出てるじゃんっ!!」
「そ、それは…その…」
「はあ、はあ……速いよチルノちゃ…って、優也さんその怪我は!?」
「あ、大ちゃんまで…」
「……誰なの?」
「え?」
「誰がユーヤをこんな風にしたの? 誰っ! ねえ、一体誰なのっ!?」

 途中、大ちゃんが来た事さえもチルノは気づかないほどだった。その表情は怒りの表情に変わっていた。

「そ、それは……その…」
「誰なの!! ちゃんと言ってっ!! いっぱいいっぱい凍らせてやるんだからっ!!!」
「え、えっと…」
「あたし…」
「!」
「お、おい、フラン!」
「良いの。事実だから…」

 俺の静止を振り切り、罰の悪そうな表情でフランは名乗り出た。チルノはフランに視線を向ける。……今までに見せた事のない顔を向けて。

「……あんたが?」
「うん…」
「あんたがユーヤをこんな風に…」
「……うん」
「お、おい、チルノ。ちょっとま━━」
「ユーヤは黙ってて!! そっか。あんたがユーヤをこんな……こんな…っ!!」
「……」
「許さない。あんたが誰だか知らないけど許さない! ユーヤが良くても、あたいは絶対許さないっ!!!」
「っ!」

 フランは辛く苦しそうに顔を歪める。ほぼ悲鳴にも近かった。涙を流しながら怒気をぶつけるチルノに、ここに居る誰もが声を発せられなかった。言い様もなく悲しかったのだ。チルノの気持ちがそのまま声に出ているようで…。
 俺がいなくなるのを心から拒絶するようで…。


『あなたは誰も守れてないっ!!』


「……っ」

 そんな中、チルノは震える手でスペルカードを構える。怒りと悲しみは周囲を一部凍らせるほどだった。

「ちっ、チルノちゃん! 無防備な子にそんなことしちゃ━━」
「うるさいっ! 絶対絶対死ぬまで凍らせてやるっ!!」
「……ごめんなさい」
「凍符……「マイナス━━」

「チルノっ!!!」

「っ!!」ビクッ

 だから、止めさせないといけない。俺のせいで、チルノにこんな復讐染みた事はさせたくない!

「俺が悪いんだ。フランは悪くない。俺が……後の事まで何も考えなかった俺が…」
「ゆ、ユウヤ…」
「優也さん…」
「……」
「逃げる事もできたはずなんだ。でも……チルノ、本当にゴメン。心配かけて本当に━━」
「何でさ…」

 チルノは視線を俺に戻す。先ほどとは違い静かに、そして、いろんな感情を押し殺すかのように…。

「ユーヤは…いつもそうだよ。悪いのが相手でもいつも自分のせいにする。人のため人のためって、自分のことはいつも大切にしない…」
「……」
「嫌なんだよ、あたいはっ。ユーヤがこんなボロボロになって帰ってくるのが…っ」
「ゴメン。分かってるはずなのに…」
「……ユーヤはあたいのこと…嫌い?」
「っ!? ち、違う! そんな事は絶対に━━」
「だって、だってっ、ユーヤ、あたいの約束ぜんぜん守ってくれないじゃんっ!!」
「っ!!」

 嗚咽交じりに叫んだ言葉は、俺の口をそう簡単には開けさせてくれなかった。約束を守れてないのは事実だから…。
 俺は思わず押し黙ってしまう。

「最近はしゃべってもくれない。目すら合わせてくれない…」
「……」
「確かにアレ、はあたいが悪かったって分かるよっ。でも…でも、それならそれで言ってよっ。……あたいに会いたくないって言ってよっ」
「っ!」

 違う。違うよ。そうじゃないっ。そんな事は望んでないっ。
 口に出して否定するのは簡単だ。だけど、どうしても声に出せない。首を横に振るのが精一杯だった。胃をギュッと鷲掴みされた気分にもなる。

「わ、わからないよっ。あたい、ユーヤが分かんないよっ!」
「……ゴメン」
「ユーヤの、ばかっ」
「! チルノっ!」
「チルノちゃん!」

 そう短く吐き捨てた後、チルノは大ちゃんを通り越し部屋の外へと飛び出してしまった。けしてこちらを振り向かず、涙を零しながら…。

「……あなたは誰も守れてない…か」
「優也さん…」

 四季さんの言葉が反響する。カーペットに残った涙の跡で、どれだけ自分がチルノを傷つけていたか思い知った。腹立たしかった。レミリアでも、フランでも、他の誰でもない。自分自身が…。

「っ! くそっ!!」
「「!!」」

 残った二人は同時に驚いた顔を見せる。今出来ても半身しか動かせない男が、体全体を動かそうとしているのだから当然だろう。
 案の定、力が入り切らずベットへぶり返してしまう。だが、諦める訳にはいかない。もう一度再度体に力を込める。

「ゆ、ユウヤ! 無茶しちゃ…!」
「……さい」
「傷が広がっちゃいますよ! 今は安静にしないと…」
「うる、さい。今は、それどころじゃないんだっ」

 息を切らしながらも力を込め何とか上半身まで持っていく。こんな所で休んでいる場合じゃない。今すぐにでも追いかけないとっ。
 仲直りする事も、自分の気持ちを伝える事も何も出来なくなってしまう…。

「はあ…だから…はあ…早くっ…」
「……まったくもう。しょうがないですね、優也さんは…」
「大、ちゃんっ!?」

 見兼ねたかのように大ちゃんは俺の右脇に肩をかける。そのまま「よいしょ」と俺をベットから持ち上げた。突然の事でおぼつかない足取りになってしまったが、何とか踏みとどまりカーペットに足を置く事が出来た。

「まあ、私は二人の親友ですし、このまま仲直りできなくなるのは嫌ですからね。何でも一人で抱える必要はありません」
「ご、ゴメン。大ちゃんにも心配かけて…」
「心配したんですよ? 今後は後の事もちゃんと考えて行動してください」
「……はい」
「ユウヤ! コレ使って!」

 急ぎ足でフランが何かを渡してきた。鉄状の松葉杖だった。それはそこら辺で売ってあるものより高級で固く頑丈そうだった。ちょっとやそっとじゃビクともしないだろう。
 俺は感謝の言葉を返しつつ、大ちゃんの手伝いを借りそれをしっかりと右手右脇に収める。松葉杖で体が固定できた所で大ちゃんは俺と距離取る。  

「優也さん、行ってください。チルノちゃんが待ってます。きっと…」
「大ちゃん…」
「仲直り…してくださいよね?」
「ああ。分かってるよ…」
「ユウヤ、後でいっぱいいっぱいゴメンなさいするから、今はあの子の所に行って!」
「……ありがとう。俺、行ってくるよっ」


 二人の後押しが何処となく心地よかった。松葉杖を強く握り、限界を振り絞るように扉の外へと駆けて行った…。

  
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