夜空に消えた光・譲れない想い

□塩→砂糖。いや、それとも蜂蜜?
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「はあ、はあ……くそっ、何処にいるんだ…」

 松葉杖を片手に、身体を引きずるようにして長い廊下を疾走する。二階の部屋は全部見終わった。チルノの姿は見当たらない。この階にはもしかしたらいないのかもしれない。いや、そもそも外の可能性だってある。

「はあー……館中の何処かだとは思うけどな」

 階段付近に近づく。赤いカーペットの敷かれた上り階段と下り階段の両方を見つめる。
 今の状態で階段を上るのも下りるのも辛いものがある。足の怪我はほとんどないが、本当なら安静にしないといけない状態だ。身体も何処かグラつく。それに今チルノと顔合わせた所で何を言ってあげたら、まだ分からないでいた。

(でもっ!)

 そんな事は知った事か! 俺はあいつにちゃんと頭を下げないといけないんだ! どんなに言葉足らずで不器用でも、あいつに面を合わせないといけないんだ! 
 それが俺がチルノを傷つけた戒めなんだっ…!

「下から…だな」

 しらみつぶしでも探すしかない。俺は下の階の一段目に足を踏み入れる。

「あれ? あなたは確か…」
「?」

 三階へ繋がる階段の方から僅かだが聞き覚えのある声が響いた。振り返ると、そこには昨日バケツをひっくり返した、咲夜さんがまともと評したあのメイド妖精がいた。掃除中なのだろうか。片手には一回り大きそうなモップを抱えていた。

「ああ、昨日のお客様…って、凄い怪我じゃないですか!? 大丈夫なんですか!?」
「えっと……俺の事は良いんだ。それよりも━━」
「良くないですよ! 今すぐメイド長にっ、て、わわわわっ!」



ビタンッ!



「ううぅ、いったぃ…」

 モップが大きすぎる事でバランスを崩したのだろう。メイド妖精は階段の一段上から顔面ダイブしてしまった。本当は助けてあげたかったが、正直、ここでコケるとは、自分の怪我も重なって流石に反応できない。痛そうな声を上げる彼女に手を差し伸べる。

「だ、大丈夫?」
「あ、あはは、まあ、いつもの事なんで…って、私じゃなくて、あなたの怪我の方が酷いですって!」
「えー……あのそれよりも、君と同じ妖精で、髪の色は水色、羽は氷の━━」
「それってチルノのこと? あっ、それなら三階に…」
「いたのか! 三階の何処!?」

 彼女はうつ伏せの状態で「うーん」と考え出す。しばらくして口を開いた。

「確か…お嬢様が普段構えている大きな部屋から奥寄り三つ目の部屋に…」
「その部屋は左? 右?」
「えっと……左」
「あの大きな部屋から奥に三番目で左側だな! 君、ありがとう!」

 気づいたら激痛もメイド妖精も忘れ、三階に繋がる上り階段へと駆け出していた…。


「あっ、お客様! ……あんな怪我してるのに走れるなんて凄いなぁ。いっつもコケてる私とは大違い…。
 って、あれ? でも、その部屋って確か…」









「はぁ、はぁ……ココ…だな」

 松葉杖に体重を残しながら肩で息をする。 
 最初レミリアさんと面合わせた部屋から奥寄りに三番目、で左の部屋……あのメイド妖精の話だとココで合っているはず。

「しかしっ……合ってのか…?」

 よくよく考えるとあのメイド妖精は真面目だそうだがドジっ子だ。間違えてレミリアとかの部屋に行き着いてんじゃなかろうか。昨日のフランの事もあるしチルノ以上に顔合わしづらいんだが…。





グスッ…グスッ…





「……まあ、その心配もなかったか」

 俺はその場で乱れた呼吸と鼓動を整える。深呼吸を一つし、大丈夫と確認できた所で俺は扉を二回叩いた。

「チルノ、ここにいるのか?」
「っ! ぐすっ」
「話したい事があるんだ。ドアを開けてくれないか?」
「……」
「……チルノ?」
「ぐすっ」
「……悪い。入るぞ」

 チルノの応答は返ってこなかったが、俺はそれでも構わずドアの取っ手を掴み、静かに自分の方へと引いた。



 部屋の中に入ると、飛び込んでくるのがまず赤色と相変わらず目が痛い。この館では赤を見ない日はまずないのだろう。それでも他の部屋と比べると赤色以外の品ぞろいも多い印象だった。特にここでは人形系の可愛いものが多い。部屋の中央に位置している天蓋(てんがい)付きの大きなベットの上には、動物をモチーフとした人形が心狭しと並べられていた。
 勝手な解釈だが、ここは地下室に送られる前のフランの部屋なんだろう。フランの性格が表れているような部屋に見えた。まあ、中に入った事に関しては後で謝っておこう。

「ぐすっ、ううっ…」
「チルノ…」

 そんな大きなベットの隅、チルノは身体を前のめりにさせ泣いていた。ギュッと胸が苦しくなる。唇を噛みながらも俺はチルノの近くまで歩みを進めた。

「な、にしにきたのよ…ぐすっ…」
「……」
「ようがないなら……ほっといて、よ」
「……用ならあるよ」

 膝を折り、チルノと同じ高さにしゃがむ。松葉杖も傍に置いた。

「チルノ、こっち向いてくれないか…?」
「ぐすっ、やっ!」
「お願いだよ。チルノ…」
「……」

 しばらくしてチルノはゆっくりと俺の方へ向く。その顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃに濡れていた。
 もう見てられなかった。気づいたら彼女の事を抱きしめていた。

「……!」
「ダメだよな、俺。置いてかれる恐怖誰よりも分かってるはずなのに、分かっていたはずなのに……自分の事しか考えてなかった…」
「ぐすっ…」
「チルノ、本当にゴメンな。辛い思いさせちゃってホントに…」

 俺も涙声になっていたのかもしれない。こんな俺の事を、こんなにも慕ってくれた子が、悲しみ、泣き崩れているのだ。耐え切れるはずがない。
 チルノには笑顔でいてほしかった…。

「今度こそちゃんと約束するよ。もうそんな顔させない。自分の事は大事にする。もちろんチルノの事も…」
「……っ」
「後、よそよそしい態度も取ってゴメン! アレ自体初めてだったからどう捉えて良いか分かんなくて……気づいたらお前と目も合わせられなくなってた。ホントにゴメン」
「……」
「だから…だからっ!」
「やくそく…」
「っ!」
「やくそく、ぐすっ、だかんね。やぶったら……ゆるしゃない…。めも…そらさないてね」

 顔を胸に埋め、腕を俺の腰に伸ばした。俺もそれにしっかりと答えるように強く抱きしめる。絶対に守らないといけない、今度こそ…。

「ああ、約束だ…」



 この約束が後に俺自身を苦しめるものになろうとは、今の俺はまだ知らない…。

 
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