IS〜インフィニット・ストラトス〜 とあるはみ出し者
□第4話 流れ流れて
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「行くのか?」
「ああ。元々、そろそろここから離れるつもりだったしな。心配しなくても、パトロンはいるさ」
簡単な荷物を持ち、トレンチコートを着ている桂は、屋敷の廊下で楯無と会話をしていた。
「元々俺の『更識』入りは歓迎されていなかった。そんなときに俺が左腕を失った。追い出すにはいい口実じゃないのか?」
任務を失敗したわけでもない。むしろ、織斑千冬の護衛という任務は完全に果たしている。しかし、古参の人間は納得しなかった。というより、難癖をつけて桂を追いだそうとしているのだ。
「まぁ、あの爺どもにとっちゃあ俺は邪魔者だろう。どうせ玉櫛の後ろ盾にして利益を得たいんだろうよ」
「情けないな。いや、組織が腐敗するのは当然か」
要するに桂は邪魔なのだ。日本政府からも桂を指名してくる者もいる。有能すぎる桂の手綱を取ることが難しいと判断した更識の幹部は今だ子供の玉櫛を次の楯無としようとしている。
「まぁ、玉櫛がそんなタマじゃないのは分かるけどな」
「あの子は聡いからな。いずれ爺様共も思い知るだろうよ」
二人してくつくつと笑う。老獪と言えば聞こえはいいが、所詮は自分の利益を守ろうとしている老害である。ひとしきり笑うと桂は存在しない左腕を一瞥すると鞄を持ち歩き出した。
「すまん。だが、何かあれば言ってくれ。私に出来る範囲で協力する」
「いいって。アンタは嫁さんと娘を守ればいいんだよ。男一人、適当に生きていけるさ」
何より一国の暗部組織に過ぎない『更識』よりも強大な人間の専属エージェントになれるのだ。それこそ難癖をつけてきた女など逆に牢屋にぶち込めるだけの権力を持った人間の専属エージェントに。
「それじゃあ、玉櫛たちには適当に言っておいてくれ。まぁ、そんなに深く付き合っていなかったから大丈夫だろうけどな」
そう言い残し桂は闇夜にまぎれて『更識』より姿を消した。
「そう思っているのはお前だけだよ。玉櫛も簪も、虚も本音もお前を目標にしていたのだ」
確かに、実際に会ったのは数えるほどだろう。しかし、彼女たちはその数回で桂の能力などを見抜き、目標としていた。
「時間が重要ではない。密度が重要なのだよ。しかし…これは玉櫛たちが暴れそうだな。いや、それはそれでいいのか?」
桂を尊敬していた玉櫛が『楯無』となればどうなるか。老害どもはもう少し『若者の考え』を理解するべきだろう。
「しかし、情け無いにもほどがあるな私は」
また止めることはできなかった。弟の時よりも前進はしていたが、結局行かせてしまった。本当に馬鹿な男だ。楯無がそう自嘲するとどこからか声が聞こえてきた。
『まぁ…桂はああいう子だからねぇ。組織に縛られるより、個人のエージェントとして動いたほうがいいでしょ。だから、気にしなくてもいいよ』
「……そう、か」
幻聴かもしれないが弟の声が聞こえてきた。だが、楯無はそれが幻聴ではないと確信していた。
「……んで? これ何よ?」
「義手だ。ISの技術やその他諸々の技術を使った特製のな」
『更識』を後にした桂は数ヶ月中国の崑崙山にて修行を行った後、イギリスはロンドンにいた。パトロンにして上司であるIS委員会イギリス理事のアイザック と久しぶりの対面を果たしていたのだが、そのなかでアイザックに渡された物。それは、如何にも『機械の腕』と呼ぶにふさわしい義手だった。
「もちろん、お前にもその義手を接続するための手術を受けてもらう必要があるがどうする?」
「面白そうじゃん。やってくれ」
「フッ。お前ならそういうと思っていたよ」
その手術は数時間にも及んだが、桂は手術後も寝ることもなく義手の調子を見ていた。
「結構…いい感じだな。つーか、触覚がないのを除けば生の腕より調子がいいかも知れないな」
「一応、現時点での世界最高レベルの技術を使用しているからな」
桂の賞賛にアイザックは事実を告げる。そして、その義手をおくってきたのは篠ノ之束だと。
「どういう事だ?」
「まぁ、お詫びだそうだ」
曰く、自分の見通しが甘かったせいで左腕を失うことになった桂へのお詫び。桂は思うこともあったが、もらえるものはもらう主義なので素直に感謝しておいた。
「ちなみに、その義手は多種多様な運用を視野に入れて作られている。専用のカートリッジで変形するらしいぞ?」
「ほー。基本形態はこの状態か」
「お前が会得したという『電磁発勁』を補助するためのダイナモ。及びそれを利用したソナーや発熱装置。それが基本の状態だ」
中国の崑崙山に居た老人に教えてもらった『電磁発勁』はISの絶対防御すら透過する技だった。ただし、左腕を失ったことによる人体の気が流れる道『経絡』 や気の流れ自体が乱れているため、使用すれば体への反動があるものだった。そのため、それを補助するブースターとしてのダイナモが装備されている。
「地上戦・至近距離ならばISを破壊できるお前の能力を腐らせるわけにはいかないんでな」
「だろうね」
ISに触れなければならないとはいえ、ISを破壊できる術を持つ桂。その戦力を有するアイザックは自身の目的を桂に話し始めた。桂を完全に協力者とするために。
「私は今の女尊男卑を変えたいのだ。軍内の再編が行われたのは時代の流れだ。しかし、それに伴う女尊男卑の風潮は変えなければならない」
アイザックはISが世に出たのは運命だと思っている。かつて、戦車がより高性能の戦車に取って変わられたように、新人が旧人を駆逐して分布を広げたように。
「だが、片方がもう片方を隷属するという状況……実に似ていないか? かつてのドイツによるユダヤ人迫害のように。アメリカに入植した白人が先住民を壊滅させたように」
「つまり、今の『男が女に隷属している』状況を改善するのか?」
「うむ。協力してくれるか? もし、協力してくれるのならば……私の全てを持ってお前の願いをかなえてやる」
アイザックは子爵家の次男。家自体は兄が継いでいるが、兄弟仲はよく『手段を選ばない神算鬼謀』とイギリス国内で恐れられているアイザックをして「兄上 は…私以上の策略家だよ。自覚はないだろうがね」と言われるほどの「お人好し」の兄のサポートがある。そしてなによりアイザック自身がそれだけの権力を 持っている。恐らく、大半のことは実現可能だろう。
「……へっ。面白い。のってやるよ。俺の望みはそんなにない。なんか頼みごとがあったらそれを出来る範囲で叶えてくれるだけでいいさ」
「ふむ…欲が少ないな」
「なんかさぁ…一度死にかけたせいかね? 必要以上の物欲とかが薄いのよ」
「……まぁ、いいがね」
どうせいずれ『欲望』が強くなるだろう。例えば、『同類』を見つけた時とか。とりあえずは、大事な部下にして協力者の意向を叶えることを優先させた。桂が頼んだ『ISと斬り合っても欠けることのない日本刀』を造らせるために。
「兄さんが、ねぇ」
それは少し時を遡る。桂が『更識』を抜けたと自分の従者と妹とその従者に父親から知らされた事実。その時に父親から桂が消えた理由を聞いた。
「ふぅん…そっかぁ……自分たちの利益がなくなるからかぁ……」
「お、お姉ちゃん?」
怯えるような妹の声に気づいたのか玉櫛はすぐに表情を戻し、簪の頭を撫で始めた。
「大丈夫。かんちゃんはお姉ちゃんが守るから」
そして、自分の従者とその妹にも微笑を見せる。何も心配はいらないのだと告げるように。しかし、その内心はマグマのように煮え立っていた。
「(兄さんを排斥するなんて…ただ後ろで指示を出すしかできない老害がやってくれるじゃない。暗部組織が優先すべきは能力でしょ)」
義兄が行なってきた任務は自分が成長してISを所有したとしても実行出来るか怪しい。父親が連れてきた義兄。義兄は強かった。そんな義兄に憧れたし、義兄が『楯無』となったらそのもとで存分に力を振るいたいとも思った。だが、それももう叶わない。
「でも、私が『楯無』になれば……」
義兄も戻ってこれる。玉櫛はそう考え、簪たちを老害どもから守るためにも力をつけることを決めた。
惜しむらくは、桂自身に『更識』に戻ってくるつもりがないことだろう。
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