IS〜インフィニット・ストラトス〜 とあるはみ出し者

□第9話 本当に恐ろしいのは―前
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「やっぱヨーロッパの鉄道の旅はいいねぇ」


「……ねぇ。本当に大丈夫なの? 『ソレ』」


雑誌を読みながらコーヒーを飲んで車窓からの雄大な自然を眺めている桂の向かいに座るマドカがジュースをストローで飲みながら指を指す。そこには、大型のボストンバックがあった。


「一応、空気穴はあけているから問題なし」


ボストンバックの中には、今回の任務である『マフィアのボスの弟の護送』のその弟が入っていた。


「つーか、襲撃を恐れるなら鋼鉄製のコンテナにでも入れてIS数機で護衛しつつ軍用ヘリで輸送すればいいだろうに」


「人権とか…後はIS配備とかの問題とかあるから仕方ないよ」


桂はアイザックから命令を受けた当初、そのような案を提出していた。アイザックもそれには同意なのだが、『諸事情』によりそれも不可能になった。ただし、 護送手段は特に言われていなかったため、こうして大型のボストンバックに押し込めて『輸送』している。傍目からは旅行者の兄妹くらいにしか見えない上に、 桂の左腕はその気になれば戦車すらその左腕で持ち上げられるため、二人の荷物を一つに纏めているという感じにも見える。


「でも…なんか人が多くない? 同業の人間が多いような…」


マドカは列車の車両内部を見てそう思った。先ほど、飲み物を買いに食堂車へ向かったのだが、そこに向かうまでの車両にも一般客以外に明らかに纏う空気が『同業』の連中がいた。


「何でも、イギリス貴族のオルコット夫妻が後ろの車両に乗っているんだと。ついでに言うならば、前の車両にはイギリスの大臣が乗っているらしい。まぁ、列車内の警備は優秀ではあると思うぞ?」


仮にもSPであるからそれなりに腕は立つだろう。そう考え、食堂車で軽食を取るために二人(プラス人間が入っているボストンバック)で向かったのだが―――。











「おやおや…オルコット女史ではありませんか。それに……情けない旦那さんもご一緒ですか」


「……御機嫌よう。確かに、もう少ししっかりして欲しいですわね」


「あはは……いやぁ……手厳しい」


件の大臣とオルコット夫妻が会話をしているところだった。オルコット夫妻の不仲というよりは、オルコット家の当主であるアリシア・オルコットが夫であるバーナード・オルコットを嫌っているのは有名であり、そこを大臣が会話の種にしているのだろう。


「……気に入らない」


大臣とアリシアの姿はマドカにとっては忌避すべきものだが、桂は何か腑に落ちない顔をしている。


「うぅむ……あの顔はどこかで見たような」


「え?」


「隣、いいですか? あいにく、追い出されてしまったもので」


桂の隣に座ってきたのは、バーナード・オルコット。桂が彼が先ほどまで居た席を見ると大臣がアリシアと楽しそうに会話をしている光景があった。追い出されたのは事実なのだろう。


「大変ですね」


「いえ。僕が情け無いのは事実ですから」


バーナードはオドオドしながらそう言った。


バーナード・オルコットの『情け無さ』はイギリスでもそれなりの地位にいる者は知っている。元々、婿としてオルコット家に入ったバーナードがアリシアの言 うことを聞くというのは当然なのだが、ソレにしては『情け無さ過ぎる』というのが大半の意見。ただ、実際に本人と会った人間は「確かに情けない男。なん で、オルコット女史はこんな男と結婚したのだ?」と言っていた。


「そう言えば、貴方は日本の方ですか?」


「ええ。今日は妹と観光に来ていまして。ようやく休暇が取れまして」


桂はどこかで見覚えのあるバーナードの顔を思い出そうとしながら、本人との会話を進めている。視線を感じ、バレないようにそのほうを見るとアリシアが自分たちの―――正確にはバーナードの方を見ていた。しかし、彼女も大臣に声をかけられすぐに視線を戻した。


「そうですか。いいお兄さんを持ちましたね」


「は、はい」


「……元MI5防諜室室長、バーナード・グライス」


引っかかっていた事を思い出した静かに呟いた桂の言葉に、一瞬だけ表情が無くなったバーナードはすぐにさっきまでのなよなよとした笑顔になると、カウンターの前方を見た。


MI5とはイギリス情報保安局。イギリス国内の治安維持を目的とした情報機関であり、この男はその中の防諜を専門とした『D Branch』の元室長だった。やめた後は一回民間企業に勤めた後にオルコット家に婿入りしている。


「昔のことですよ」


「IS委員会アイザック・アルバートイギリス理事直下エージェント高槻桂と高槻マドカだ。敵対の意思はないよ」


桂がカード型の証明書を見せて身分を明かすとバーナードは納得したように微かに頷いた。


「アイザック理事の…。ここにいるのはお仕事ですか」


「まぁな。それより…なんでアンタが『情けない男』を演じているのかが分からないな。アンタを知っている人からすれば驚愕モンだろうよ」


MI5やMI6の長官の顔は政治家などは知っているが、それぞれの部署の室長は知られていないため、バーナードがMI5の防諜室室長であったという事は一部の人間しか知らないが、それでも普通はありえない。


「うちの大将が驚いていたはずだよ」


「ははは」


桂が茶化すがバーナードは変わらずのなよなよとした笑みを浮かべるだけ。仮にも情報機関に入っていたのだから『情けない男』というのは間違いには変わりないのだが、バーナードを見ているとわからなくなってくる。


「もしかして…囮か? 『この男は情けない。だから、こいつを利用すれば―――』と考える連中の」


「いやいや。僕はそんな有能じゃないですよ。無能な情けないダメ男ですから」


「(……正直、同業者として尊敬できるんだが…徹底しすぎだろ。待てよ? この事をオルコット女史は知っているのか?)」


ふとアリシアの方を見ると、相変わらず大臣がおべっかを使ってアリシアに近づこうとしている。この機会を逃さずパトロンにしようとしているのだろう。イギリスでも有名なオルコットの当主を後ろ盾にしたい気持ちはわかるが―――。


「(ありゃ脈なしだな。つーか、あの大臣終わったな)」


先程からアリシアはそれとなく会話を終りにしようとしているのだが、大臣は気づいていない。それを見て、桂は大臣の今後の生活は終わったと判断した。他人の顔色を伺うことのできない男が生き抜けるほど政治の世界は甘くはない。


「(しかも、バーナード氏を貶める形でおべっかを使うか普通?)」


仮にどれだけ無能でもその妻に近づくときに貶めるのか。もし、そう考えているならばこの大臣の未来は暗いものだろう。しかし、桂にとって意外だったのは バーナードを貶められれば貶められるほどにアリシアの目は冷たくなっていく。そして、どんどんその美貌は怒りに染まり、それが限界に達しようとした瞬間 に、大臣の服にコーヒーがかかり顔にはトーストがぶち当たった。


「あぁ! すいませんすいません!」


それをしてしまったのはバーナードだった。トーストセットを持ってアリシアに届ける途中でつまずいてしまったのだと誰もが思う。そして、大臣は文句を言お うとしたのだが騒ぎのせいで食堂車の客全員が注目してしまっている。これでは文句を言うことも難しい。大臣は顔をそれなりに売り出していたから。


「桂…あの人」


「なんつーか…バーナード氏が無能を演じている理由が分かった気がした」


呆然としているアリシアにも謝りつつ、後片付けをしているバーナード。アリシアがちらりと見た大臣の顔は怒るに怒れないという感情が全面に出ている実に面 白い表情だった。それで溜飲を下げたのかアリシアは息をつくと今度は足元で後片付けをしているバーナードを愛しさや怒りなどが入り交じった表情で見てい た。


「桂…」


「どうやら……オルコット女史はバーナード氏の『演技』を知っているらしいな。まぁ、そうじゃなきゃいくらなんでも結婚はしないか。ん? てことは……不仲っていうのは」


「?」


桂が暫く様子を見ていたのだが、そうつぶやくと再び考え始めた。マドカはアイスを食べながら件の二人を見る。傍から見れば先程までと同じように「貴方はど うしてそうなの?」とバーナードを詰るアリシア。しかし、マドカはあることに気づいた。アリシアの目が悲しみに染まっているのを。


「(変なの…見下しているならあんな悲しくなるはずがないのに)」


「やっぱそういう事か」


「どういう―――ッ!」


桂の言葉にマドカが聞き返そうとした瞬間、列車が大きな爆音と揺れに襲われた。マドカは思わず外を見ると太陽が見えた。そして、後ろを見ると『食堂車の天井が迫ってきた』。


「え―――」


その直後マドカの意識は暗転した。その寸前に桂の声と銃声が聞こえた気がした。


「チッ…まさかここまで大掛かりに仕掛けるとはな」

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