IS〜インフィニット・ストラトス〜 とあるはみ出し者
□第10話 本当に恐ろしいのはー後
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「―――カ―――ドカ―――マドカ〜」
「ん……かつ、ら?」
目を覚ますと自分は桂の膝に頭を乗せていた。桂はタバコを燻らせながらマドカの顔を覗き込んでいた。
「ここ…は―――! 何が起こったの!?」
目が覚めて少しぼうっとしていたが、気絶する前の事を思い出して飛び起きると列車は上下反転しており、列車が線路から飛び出し山肌にすべての車両が激突したと桂から説明を受けた。
「原因は…?」
「そこのミンチになっている弟くんを救いだそうとした連中とオルコット夫妻を暗殺しようとした連中と大臣を謀殺しようとした連中の三つ巴の結果かな?」
マドカが振り向くと、ボストンバックの中から血まみれの腕が一本ニョキッと出ていた。そして、ふと車内を見渡すと明らかに堅気ではない連中の射殺死体などがあったり、レーザーか何かで撃たれたと思わしき死体があった。
「これ…桂がやったの?」
「レーザーで数人殺したが、大半はあそこにいるバーナード氏がテロ屋の銃奪って反撃していたよ。さすがは元MI5というべきか…」
マドカがオルコット夫妻や大臣がいたであろう席を見ると、そこにはすでに事切れている大臣。そして、バーナードが盾になったことで守られて九死に一生を得たアリシアがいた。彼女は自分に覆いかぶさっているバーナードを抱きしめて静かに泣いていた。
「お前が気絶している間にテロ屋がやってきてな。戦闘中に持って行かれたら面倒なんで弟くんを殺しておいて、反撃していたんだが……他の勢力も現れて」
最初は銃撃戦だったらしい。マドカの安全を確保すると、義手をマシンガンに変形させ応戦。相手が銃弾ばかりだったので、義手を通常形態に戻し、ダイナモを 使い銃弾を引き寄せて大半のテロリストを倒したらしいのだが、その後にまたやってきたらしくそこからはバーナードも参加しての銃撃戦が再開したらしい。
そして、全てのテロリストを鎮圧したと思っていたら、一人生きておりその男がアリシアを射殺しようと引き金を引いたのだが、バーナードが盾になったことでアリシアには怪我はなく、桂がその男を射殺したのだが―――。
「結果はあれだ」
着弾位置から推測すると心臓近くを撃たれたらしく、先程から出血が止まらないとのこと。
「SPは?」
「最初の連中が突入してきて真っ先に殺られたよ。いかにもSPでございっつー服装だったからな。それに、列車の脱線で混乱していたというのもあるな」
桂が反応できたのは生来の反射神経と左腕の義手のおかげでもある。
「さて、と。ご無事ですか? オルコット女史」
「貴方は……」
アリシアの下へ移動した桂は彼女に声をかける。この食堂車で生き残っているのはこの四人。尤も、バーナードは怪しいが。
「IS委員会アイザック・アルバートイギリス理事の秘書の高槻桂です。先ほど連絡をしましたので救援ももうすぐ来ると―――」
桂が話しかけていると小さくバーナードが呻いた。
「あなた!?」
「あぁ……よかった。アリシアは無事だったんだね」
桂は義手をソナーに変形させて心音を探るが微弱。救助が間に合っても危ないと判断した。せめてマドカがISを持っていれば違ったかも知れないが、開発中の第3世代機に改良中のため持ってくることはできなかった。
「アリシア……僕の…書斎の机の中に……オルコット家を狙う奴らの……資料があるから……使って」
「……やっぱり貴方は……」
「あははは……気づかれちゃってたかぁ……やっぱり、僕は駄目だね」
「なんで?」
「それが…僕の役割だから、かな? 君やセシリア、そしてオルコットを守りたかったから…」
「(根っからの仕事人か。大将が苦手な人間だなこりゃ…)」
桂からみてもアイザックは優秀すぎる。しかし、以前バーで飲んでいたときにアイザックが口にしたのだ。
『一番恐ろしいのは、お前のように殺人などに躊躇しない人間でも、どこぞの宗教の狂信者でもない。周りからなんと言われようとも自分のするべきことを把握して、それを徹底する人間だ』
バーナードのような人間は味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい。実際のところ、アイザックも数回そのような人間のせいで不利益を出したことがある。
「でも、そのせいで君には…迷惑をかけてしまったね」
「……馬鹿にしないでくださる? これでも人を見る目はあるつもりだから」
桂はマドカの下へと戻っていった。マドカも怪我をしている可能性があるためだ。それに、ようやく本音で語り合っている夫婦の邪魔はしたくない。
「ただ、それが死に際ってのもなぁ」
桂はよく知らないが、あのアリシアの様子だと薄々感づいていた。というよりも、バーナードへの詰りなどは、今の様子からすれば大体想像が付く。
「どうして貴方はそうなの!?」は「どうして貴方は無能を演じているの!?」に。「貴方と居ると自分が情けなくなってくる」なども「愛する男にそうさせざるを得ない自分の無力さに―――」といったところだろうか?
「そもそもよくよく考えれば恋愛結婚とか聞いたからな…」
よく大恋愛をしたカップルが結婚した後に些細なことで言い争うのはよく聞く。体裁のためにも離婚はしないだろうが、それでも冷え切った仲になるだろう。一 度、イギリス王室からアイザック経由で貴族の素行調査を命令されたので、調査を単独で行ったのだが、その時にオルコット夫妻だけ『そのような噂』が見当た らなかった。オルコット家のメイドを誑し込んで調べてみても白。せいぜいが、バーナードを貶めるような発言をしたメイドがアリシア直々詰られて追い出され たくらい。
つまりは、そういう事なのだろう。流行りのツンデレと言えば簡単なのかもしれないが、実際は『貴族』や『名家』としての体裁や義務などのせいで素直になれない女性とその女性を支えるために無能を演じていた男のすれ違いなのだろう。
「桂…」
「覚えとけよマドカ。あれもまた愛の形だよ」
オルコット夫妻には悪いが、マドカの精神的成長を促すことができたので今回の任務もまぁ悪いものではない。護送対象についてはこの事故で死んだということ にしておけばいい。とりあえず、誤魔化すためにボストンバックから死体を放り出しておく。マドカはオルコット夫妻をずっと見ていた。
あの鉄道事故から一週間が経った。結局、バーナードは助かること無くアリシアの腕の中で息を引き取った。桂はアイザックの下に戻った後すぐに今回の事件の捜査を開始した。そして、情報を集めてそれを持ち帰ってここにいる。
「―――結果として、生存者は乗員乗客含め10数人。死亡者の中に現職の大臣。生存者の中にアリシア・オルコット氏などが含まれていたため、蜂の巣をつつ いたようにイギリスの警察が動いている。そして、お前の持ち帰った情報もあり政治家やイタリアマフィアも巻き込んだ大捕物になっているな」
「ふ〜ん。んで? 今回の任務は失敗か?」
失敗となるとその任務分の金が入らないため、そこをはっきりさせておきたい。勿論、アイザックの部下なので給料は毎月支払われるのだが、任務になるとそこが臨時ボーナスとなる。
「そうだな…まぁ、これは警察の見通しの甘さもあるな。妨害があると考えていながら鉄道を使ったという甘さが」
「まぁ、俺は妨害ありきで動いていたからそうでもなかったが…まさか鉄道事故を装うとは」
「…ゴメンなさい」
マドカも妨害はあると思っていたのだが、油断していた。だがこれは仕方ない。というより、桂が動けたのがおかしいくらいだ。
「とりあえず、護送任務事態は失敗だが…アリシア・オルコットを救出できたということやこの情報で半額支払いになる」
「あっそ。そういや、オルコット女史はどうなったん?」
あれから一週間。他の生還者の話は捜査している中で聞いていたが、アリシアのことは全く分からなかった。
「話では食事も取らず、娘すら部屋に入れずに一日篭っていたらしいが、翌日になるとダークスーツに身を包んで出てきたそうだ。自分の操はバーナード氏に捧げると」
「へぇ」
他にも、娘に自身の父親がどんな事をしていたのかなどを教えたりしたらしい。さらには葬儀でバーナードがどれだけすごいのか、そして自分がどれだけ助けられていたのかを喋ったとも聞いた。アイザックは吹っ切れたと判断しているのだが、あながち間違いでもない。
「そして、どこから情報が漏れたのかはわからんが、バーナード氏が元MI5の防諜室室長だという事がバレてな。さらに言えば…バーナード氏が集めていたオルコットと敵対していた企業の弱みやらなんやらも発見されていてな」
その結果、バーナードの評価は逆転したらしい。なにせその情報のせいでひとつの企業が潰れたらしい。腹に一物ある連中やバーナードを必要以上に貶していた連中はガクガクブルブルと震えているだろうとはアイザックの談。
「さすがというべきか……お前が誑し込んだメイドのことも調べられていた」
「うわ〜…つーことは俺のこともか?」
たらしこんだという部分でマドカの目が冷たくなったが、桂は気にしていない。誑し込んだメイドとは肉体関係を持っているが互いに割り切っているため面倒な事にはなっていない。
「いや。ただ単に素行調査だろう。ただし、お前の事は不審に思っていたらしい」
MI5時代からバーナードに付き従っていた男が調べたものらしい。その男もプロフェッショナルということだろう。
「なるほどね」
あの食堂車で自分に近寄ってきた理由と身分を証して納得したように頷いた理由がわかった。
「とりあえず、この件に関してはこのような感じだ。ということで、お前らは暫く休暇になる。旅行にいくなら土産は忘れないようにな」
「あいよ〜。行くぞマドカ」
「うん」
桂とマドカが出て行った扉を暫く見つめていた後、アイザックは一つの手紙を取り出した。差出人はアリシア・オルコット。そこには、今回の事件にまつわる一 連の騒動を静めるサポートをしたことに対する感謝と、娘がISの世界に行くため出来れば厳しく目をかけてもらいたいという手紙だった。そして、最後には バーナードの友人だったアイザックに対する礼だった。
「まぁ…友人だからな」
アイザックはMI6だったが、親交はあった。尤も、バーナードがMI5を辞してからは会うことも少なくなったが、それでも友人としてたまに酒を飲んでいた。
「夫婦、か……」
アイザックはそう言って天井を見上げた。思い出すのは、柔らかな金の髪と太陽のような笑顔。
「マリー……」
今頃あの少女は何をしているのだろうか。そう思うと『あの男』に殺意が湧いてくる。婚約者がいるのに彼女と付き合い、そしてそのまま関係をズルズルと続けて中途半端に実利を求めて彼女を『愛人』として囲い、尚且つ本妻から守りきれていないミシェル・デュノアという男に。
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