短編集

□土方の奥様
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たとえば俺が普通のしごとなら、
手を紅(くれない)に染める事のない仕事だったのなら、
俺の横をついて来る彼女をもっと幸せにする事ができるのかもしれない。

刀を手に握り締め、
いくら悪党と言えどこの手で人の命を止めてしまっている事には変わりない。


刀だ紅だなんて生まれてこの方ずっと見てきたし、
それと共に生きて来た。
でも、彼女は、彼女は違った。

"純白"

彼女にはこの言葉がよく似合う。
シロにはアカがよく映える、とよく言うけれど、
それさえも足蹴にしてしまう程真っ白だ。
似合わない、アカなんて。





上からの命令で渋々見合いを受ける事になった。
ツラだけ合わせて、
嫌われるようにし向けて、
この話はなかった事にって思ってたのに。

目の前にいた女は、
俺よりも幾らか歳の離れた"女性"だった。
素直に思った。
今まで俺に纏わり付いて来た女と一緒にしちゃいけねぇって。
素直に想った。
こいつが欲しいって。
理由なんざ後付けでいい。
何に惹かれたなんざ俺でもよく分からねぇ。
容姿なのか雰囲気なのか、笑顔なのか。

すぐに切り上げるつもりだった。
なのに彼女と話していれば時は早く感じられ。
いつの間にか自分の口から、
「またメシでも行かねぇか?」
と誘っていた。
彼女は綺麗で大きなその瞳をパチクリと瞬かせた後、
黒の柔らかな瞳を揺らしながら首を縦に振った。
『ええ、土方様のご都合のよろしい時に。』
後ろ手でガッツポーズをしたい気持ちになった。



見合いから帰れば隊士等に
「見合いなんて可哀想に」と言った目で見られた。
近藤さんに
「嫌なら断っていいからな」と言われた。
総悟に
「ザマァ」と嫌味ったらしい笑みを向けられた。

可哀想なんかじゃない、幸運だ。
断るものか、何としてでも手にいれてやる。
なにがザマァだ、最高だ。



あれから何度か彼女と食事をして、
その度に彼女に惹かれていった。

呼び名は土方様から十四郎さんに変わり、
関係も見合い相手から恋人に変わった。
彼女の左手は俺の右手と繋がり、
いつしか二人の左手の薬指にはキラリと光る指輪がついた。
彼女の親族や幕府関係者、真選組隊士に何故か万事屋のヤロー達もきて盛大に結婚式が開かれた。
俺の隣で白無垢に包まれた彼女は恥ずかしそうに、
そして嬉しそうに微笑んでいた。



式が終わって二人で選んだ新居に帰った後彼女は俺を見て、


『十四郎さん、あなたがどんな職業だろうと、
私は構いません。
私は、十四郎さんが隣に帰って来てさせくれればそれで幸せなんです。
ですから、十四郎さん、どうか必ずここに帰ってきて下さいね。』


そう言った。
血に濡れても構わないと、
仕事で帰れない日があろうと構わないと。
最後に自分たちの家に帰ってきてくれるのなら、
いつまでも待つと。


そう言った彼女だから、血に濡れて帰ってきた夜も苦しむ事なく彼女に触れられるのだと思う。





『十四郎さん、どうかなさいましたか?』

「ん?いや、昔の事を思い出してただけだ。」

『昔の事、ですか?』

「ああ、お前と出会ってからのこと。」


そうですか、と微笑んで俺の右側に寄り添う彼女の腰に手を回した。



大丈夫、大丈夫。
彼女がいるから俺は生きてられる。
戦場で危ない目にあっても、
彼女の待つこの家に帰るために俺は頑張れる。

真選組が大切だ。
隊士達が大切だ。
それは昔から変わらぬことで。

そこに新たに加えられた彼女の存在。
俺は一生彼女の傍にいるため、
彼女を守るためいつまでも強くあり続けると心に誓った。





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