プレゼント

□ルピナス様より
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水色に浮かぶ自分の表情は、なんとも間抜けなものだった。そんなものをなぜ見る嵌めにならなければならないんだと内心で毒を吐く。自分のあまりよろしくない表情など、できれば見たくないものだ。

どうしても暗い、というか前向きに捉えられない思考に浸る最中に、はたと気付いたことに慌てて思考を停止させた。

他人の瞳に映る自分が見えるほどの近距離ってどういうことでしょう。




人というのは不思議なもので、何かの壁にぶち当たったときに突飛なことを言い出す生き物だ。それが論理に敵っていようとなかろうと、あくまでも持論を貫き遠し、他人にそれをぶちまけるが意見は聞き入れない。例え壁にぶち当たっていなくとも『もしも』の仮定をしてしまうのは若気の至りというやつだろう。


「ねぇ黒子」


市立図書館のとある本棚の一角。周囲に人がいないことをいいことに、私は隣に立つ黒子に声をかけた。読書好きな彼のことだ。態度には出さないとしても自分の趣味の時間を邪魔されては多少なりとも気分を害するだろう。ほら、今だって返事が遅い。


「…なんですか?」


図書館ですから静かにしましょう。そう言うように黒子の視線は『私語厳禁』と書かれた貼り紙に向けられた。その行動に図書館デートなんて類い稀なことをやってのける黒子に付き合っているんだから少しくらいいいじゃないかと思う。それを口には出さずに別の言葉を紡いだ。


「もし今時間が止まったらどうする?」


先程述べたことはどうやら私にも当て嵌まるらしい。私は前者のように壁にぶち当たったってはいないから、どちらかといえば後者のタイプだ。高校一年生なんてまだまだ青春真っ只中。その年齢に合致する私たちがすることといえば今と同じようなことしかしないから、青春を謳歌しているとは言い難い。そりゃあお母さんほどの歳にもなれば甘酸っぱい思い出となるのだろうけれど思い出とは美化されるものであって。現在進行形で青春を謳歌する年齢で生活している私には到底思えない。

つまり言いたいことは『黒子はこんな友達の延長みたいな関係でいいの?』だ。

なんとも伝わりにくい、と言った本人が呆れるのだから黒子は小さな混乱を招くだろう。


「止まってしまったものは仕方ない
じゃないですか。僕は現実を受け入れますよ」


返ってきたのはきちんと話の筋が通った答えだった。貼り紙に向けられた瞳は私を見据え、その瞳からは感情が読み取れない。小さな動揺すらも汲み取れず、黒子の心情を表すバロメーターはないものかとありえないものを望んでしまった。

確かに私と黒子は恋愛に関しては淡白ではある。甘い雰囲気になるのではなく隣にいるのが当たり前。隣り合わない時はそれぞれがその埋め合わせをしようと己の趣向に走るものだ。比較的に感情を表に出さない黒子にこの質問をすることは、黒子の心情を動かすことには貢献できなかったようだ。


「そう言われたらもう会話は終わりだなぁ」


もしやこれが目的なのではないだろうか。ここは図書館、話をする場所ではない。どんなに丁寧な言葉を並べようが、雑音を立てたものに与えられる言葉は「黙れ」だ。

まあいいか。黒子がいい加減な付き合いをしているわけじゃないし。私も不快感を覚えているわけではない。

そう自己完結したところで黒子が私の方に一歩近づいて私を見下ろした。


「時間が止まるとわかっていたら、その前にすることはありますけどね」


まだその話は続くのか。ではすることは何だろう。疑問を口にしようとしたところで黒子が私の肩を軽く押し、背後の本棚に背中がピタリとくっついた。


「例えば」


黒子は言うと同時に片手を私の後ろの本棚に置いて私との距離を縮めた。鼻の先が付いてしまうくらいの距離に私の心臓が跳ねる。あまり感情の色を灯さない水色の瞳には間抜けな表情の私がいた。そう、これで冒頭に戻るのである。

何なのこれは。どうしたんですか黒子君。ここは公共の場所ですよ。

動揺している私にそんな台詞が言えるわけがなく、身動き一つとれないまま言葉の続きを待った。


「時間が止まる前にこうしておけば、名前さんの顔がよく見えますね」


表情を変えずに言うものだから聞き間違いではないのかと思わず疑ってしまいそうになる。でも静まり返った図書館で、この至近距離で聞き間違いをする可能性は極めて低い。

聞き間違いという選択が殆ど消えて少し混乱状態になっている私に、黒子の口から更なる爆弾が投下された。


「止まる前にキスくらい、しておきたいものです」


ゆらり。艶やかな色を灯した水色に体が強張った。


「な、に言って…ン、」


柔らかなものが唇に触れ、驚いて目を閉じることができない。そんな私の瞳には珍しく笑って見せる黒子がいて、すがるようにその背中に腕を回した。




杞憂でしかなかったんだ




いらない心配、というより黒子を夢中にしてしまう本に嫉妬していただけなのかもしれないけど。







―――――――――――――――――――――

黒子っちが男前すぎる…!




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