+ SantaClaus is coming to me! + (Kise Ryota)

□B話
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やっぱり、やめよう。


体育館で見た表情が忘れられなくて、諦めて踵を返した。


黄瀬くんは、わたしが話しかけていい人じゃない、と思う。
すれ違って、憧れて、そういう人。
そんな人が、わたしにマフラーをかけてくれるなんて有り得ない。
ましてや、キスなんて。


もう調査は終了。
明日さつきちゃんにマフラーを渡して、返してもらえるようお願いして、終わりにしよ。




「はぁ」


きょろきょろと人を探している黄瀬くんに背を向けて、家の方へと足を向ける。




「...どうも」


「きゃっ!」


え?ええっ?
突然目の前に人が...。


確かに上の空だったけど、こんな近くにいたのに気付かなかったなんて。


あまりに近過ぎる距離に驚いて、2歩足を引く。




全体が見えて、ほっとした。
相手がウチの制服を着ていたから。




「あ、ごめんなさい」


「いえ。ちょっといいですか?」


「え?わたし?」


「はい」


無表情が逆に怖い。
優しくて淡い感じなんだけど、何を考えてるのか分からない。




「そのマフラーなんですが」


「えっ!?」


まだわたしの手に持たれている紙袋の中を示し、無表情のまま話を続ける彼。


「持ち主探してるんですよね?」


なんで、そこまで知ってるの?
あれ?この人、誰?


わたしのはてなを汲み取ってくれたらしく、あぁすみません、と謝って。




「黒子テツヤです」




そう、名乗った。




聞いたことあるけど、憶えてないような。
でも、見るのは初めて...だよね?


敬語を使ってるってことは、後輩?1年生なのかな?




「僕知ってるんで、よかったら渡しておきますよ」


えっと、え?


「マフラー、返すんですよね?」


そうなんだけど、知ってるの?


「僕知ってるので」


一瞬でマフラーの入った紙袋を奪われた。
近づいたの、気付かなかった。




結局直接渡せなくて、さつきちゃんに頼めなくて、初対面の人に渡しちゃったけど、よかったのかな。
では、と無表情のまま去っていった黒子くんには、何も聞けなかった。
我に返ったときには、その場にいなかったから。


黒子...黒子、テツヤ。




黒子っち!


彼が、黄瀬くんが言ってた黒子っち!?
モデルを置いてったツワモノ...。


なんだか、意外。
でも、面白かったかも。




家に着く頃には、くすくすと笑いが堪えられなくなっていた。

















「名無しさんちゃん、テツくんに会ったの?」


翌朝、登校中にさつきちゃんに声をかけられた。
昨日は先帰ってごめんねと謝ってくれたから、大丈夫と答えて経緯を話す。


さつきちゃんたちは、赤司くんにさっさと帰れと言われて解散せざるを得なかったらしい。
赤司くんに言われたら、仕方ない。
そして、わたしはあのあと黒子くんという男子生徒に会って、マフラーを渡したと伝えた。




「あれ?さつきちゃん、顔赤いよ?」


「テツくん...」


うっとりとその名前を呟くさつきちゃんを見て、答えが分かった。
さつきちゃんが言ってた好きな人って、あの黒子くんなんだって。




それだけじゃなかった。
歩みが遅くなったさつきちゃんの熱っぽい目線の先には、昨日の黒子くんがいる。


さつきちゃんが見なければ気付かなかったかも。
昨日も声をかけられるまで、存在自体気付かなかったし。




「さつきちゃん、声かけなよ」


「えっ!?」


「わたし後から行くから、一緒に行ったら?」


「でも...」


「いいから、いいから」


お友だちの恋だもん。応援しなくちゃね!


渋るさつきちゃんの背中を押しながら、黒子くんとの数メートルの距離を詰める。




「くーろこっち!!おはよっス!」


朝からハイテンションな声の横槍が入る。


「黄瀬君、おはようございます」
朝からうるさいです。


「何でそんなこと言うんスかぁ。それに昨日待っててって約束したのにどうして先帰っちゃったんスか?」


「約束しましたっけ?」


「したっスよー!!オレ、めちゃくちゃ寂しかったんスよ?」


既にふたりの会話が聞こえる距離まで来ていた。
なんか恥ずかしい会話だなぁ。
黄瀬くんって、黒子くん大好きなんだ。




「めっちゃ寒いしひとりだし、凍えそうだったっス」


「それじゃあ、これどうぞ」


「え?プレゼントっスか?」


嬉しいっスーと輝く笑顔で黒子くんから紙袋を受け取る黄瀬くん。




見覚えのある紙袋。
彼が中から取り出したのは   




ネイビーカラーのマフラー。




さつきちゃんを押す手が、自然と離れた。




「...なんで、黒子っちがオレのマフラー持ってるんスか?」


オレの?


「やっぱり黄瀬君のでしたか」


「コレ...えと」


マフラーを見下ろしたまま、黄瀬くんは黙り込んでいた。





   風邪引いても知らないっスよ?



独特の語尾、廊下で擦れ違ったときに聞いた声。
そのときに感じた甘い匂い。


どうして気付かなかったんだろう。




調査なんてしなくても、すぐ気付けたはずなのに。


全部がつながった。




「名無しさんちゃん」


「...え?」


「行ってきなよ」


呆然と立ち尽くすわたしの背中を、今度はさつきちゃんが押してくれた。




「黄瀬君」


「...何スか?」


「あとは自分でお願いします」


黒子くんに押されて、黄瀬くんが目の前に立った。






他にも登校中の生徒の声が聞こえる。でも、すごく遠い。
今は、黄瀬くんとふたりきりでいるみたいな、そんな感覚だ。


「あ、あの...」


「うんっ!?」


声、裏返っちゃった。
恥ずかしくて黙り込む。


だって、黄瀬くんがマフラーの持ち主なら、キスしたのも...。




「このマフラーなんスけど」


「ごめんね。わたしが黒子くんに頼んで...」
説明しなきゃ、と気が急いた。


「いや、それはいいんスけど、その」


「うん」


「昨日の練習のとき、ごめん」


「え?」


「オレ、めっちゃ態度悪かったっスよね。ほんとごめん」


「え、ううん。大丈夫...」


いきなり謝られて、頭がついていかない。
それより、わたしが勝手に「マフラー王子」なんて呼んじゃって。
まぁ、それはさつきちゃんがつけたあだ名なんだけど、ごめんなさい。


一方的に謝られるのが嫌で、練習の邪魔をしてこっちこそごめんね、と伝えた。


「そんなんいいんスよ。全然邪魔じゃなかったし」


「でも、黄瀬くん...」
結構怒ってたみたいだったけど。


「それ、は...その」


見上げなければ見えない顔は、真っ赤に染まっていた。




「名無しさんちゃんが見に来てるから、緊張してたんスよ」




まさか、あの黄瀬くんがと思った。
でも、ウソを言ってないっていうのも分かった。




「それにオレのこと...そんときはオレって分かってなかったんスよね。でも、王子様なんて呼ばれて」


うわ、そっか。本人の目の前でそんなふうに言っちゃって、すっごい恥ずかしい。


「オレにじゃないけど上目遣いとか見たら、力抜けちゃって。カッコいいとこ見せたかったのにダサい自分が情けなかったんス」


「そんなこと...」


「そしたらあんな態度取っちゃって、ほんとごめん」


「全然気にしてないよ」


それよりマフラー貸してくれてありがとう。




やっと伝えられた。
いろいろあったけど、ちゃんと持ち主にお礼が言えてよかった。


あとは、例の   




「それで、その返事...なんスけど」


確かめようと切り出した声は、黄瀬くんに遮られた。


「返事?」


「だから、その...。オレ、言ったっスよね?」


「何を?」


「えぇっ!?」


今度は黄瀬くんが声を裏返す。


言ったって、風邪引いても知らないっスよって。
返事を求められるようなことじゃないよね?


でも、黄瀬くんがあまりに真剣だから、ありがとうと返す。




ぱぁっと笑顔が輝いていく。




「じゃあ、OKっスね?」


「OKって?」


「え?」


「は?」




かみ合わないんだけど...OKって、何が?




「オレ、言ったっスよね?」


「うん...。風邪引かないようにねって」


「そっちじゃないっス。そのあと!」


「そのあと?」


記憶を手繰る。


あのときはうとうとの次の段階くらいで、半分以上夢の中だった。
首元が少し寒いなって思ったら、誰かが  今は黄瀬くんって分かってる  マフラーをかけてくれて、心配してくれて。


確かに、何か言ってた。
耳を掠めていった温もりと、忘れちゃいけない何か。




「あぁっ!もうっ!!」


待ってられないとばかりに地団駄を踏んだかと思えば、一歩距離を詰められる。




「大好きっスって、そう言ったんスよ!!」




往来で、なんてことを   !!




黄瀬くんの向こうで、さつきちゃんが笑ってる。
黒子くんは無表情のままで、でもどこか楽しそう。


そして、通学中の生徒全員がわたしたちを見てる。




「なっ...なに、な...」




あのときキスが触れた場所に熱が蘇る。
だから、キスしたんだ!


あれは、黄瀬くんの告白。
わたしはそれを聞き逃したってこと?




「聞いてなかったんスか?」


「...ごめ、ん。聞こえてなくて」


「じゃあなんて?オレがお姫さまって言ったから、王子様って言ってくれたんじゃないんスか?」


「マフラー王子は、さつきちゃんがつけたから」




手をつかんで、ぶんぶんと揺らす黄瀬くん。
昨日とはまるで別人の、必死な形相をかわいいと思ってしまうわたし。




好きだって自覚した。




だって、その目に見詰められて、胸の高鳴りが収まらない。
つないだ手から、体温が逆流する。


これが恋じゃないなんて、ありえない。




「...ありがと」


「え?」


「今度は、その...ありがとうだから」
黄瀬くんが言うところの、OK。




「ほんとっスか?」


「ん、ほんと」




嬉しいっス、ありがとうって笑う黄瀬くんに、わたしは泣き顔しか見せられなかった。
でも、気持ちは同じだよ。






「名無しさんちゃん...きーちゃん...」


「どうぞ」


目の前で繰り広げられた告白劇に涙する桃井さんに、ハンカチを差し出す。


「なんかいいよね。みんなの前で宣言しちゃって、プロポーズみたい」


僕なら絶対出来ませんけど。
あの人には羞恥心っていうものがないんでしょうか?
あぁ、イケメンだからですか?モデルだからですか?




「朝から嫌なものを見てしまったのだよ」


「緑間君...」


「だからさっさと教えろと言ったのに」


耳真っ赤ですけど、なんで緑間くんが照れてるんですか。




「赤ちーん、あれ」


「アツシは見るんじゃない」


ほら、と紫原君にまいう棒を渡して気を逸らした赤司君が、僕の隣に立つ。




「テツヤが彼女に教えたのか?」


「...やっぱり赤司君が口止めしてたんですか、みんなに」


「人聞きが悪い。僕はただ涼太が自力でやるよう仕向けただけだよ」


「僕は何も知りません。彼女が黄瀬くんのマフラーを持って持ち主を探しているみたいだったので、渡しただけです」


「まぁ、そういうことにしておこう」


明らかに楽しんでましたよね、赤司君。
黄瀬君はともかく、名無しさんさんがあまりに健気で見てられなかったんですけど、まぁよかった...んですかね。




やっと持ち主の手元に戻ったマフラーを巻いた王子様と、王子様を見つけ出したお姫さま。




来るクリスマスに、ふたりの幸せをサンタクロースにお願いするくらいはしてあげてもいいと思うチームメイトたち。


その中でサンタクロースを信じているメンバーがいるかどうかは不明でも、ぎこちなく手をつないで歩き出したふたりを見守る目は、とても優しかったとか。












end.

アンケートありがとうございました!
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