Fortissimo

□プロローグ
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それは、諌山結依が小学生のときだった。
密かに想い続けている幼馴染の少年――、櫂トシキが転校するとのことだった。結依は彼を見送るため、学校が終わるなり、彼の家へ急いだ。
「ほんとに 行っちゃうの……?」
まだ幼い結依は眉をハの字にして櫂を見つめた。
結依の桃色がかかった金髪の髪がふわふわと風に嬲られる。
「…………」
彼は何も言わなかった。それでもエメラルドを嵌めこんだような瞳は悲しそうに歪んでいた。
「そっか……」
本当は、彼に「行かないで」と言いたかった。けれど結依も彼には彼の事情があるとわかっていた。なのでそんなことを言って彼を困らせわけにもいかず、出かけた言葉を喉元でぐっと、飲み込んだ。
彼を困らせる訳にはいかないのだ。
絶対に、何があろうとも。
ここへ来るときに、自分にそう誓ってきた。
くだらない我が儘を言ったり、ましてや涙を見せるなど言語道断なのだ。
すべての感情を押し殺したまま、彼女は笑った。
そんな結依の感情を読み取ったのか、櫂は目の前で眉を下げる少女の頭をそっと撫でると自分のデッキケースからカードを一枚取り出した。
「結依、ほら、これやる」
「……カード?」
不思議そうに首を傾げながら差し出されたカードを受け取った。カードには「光の女神アイテル」と書かれていた。
「俺はこのクランは使わないし、お前なら、上手く使えるような気がする」
「でも……」
「これ、珍しいカードなんだぜ。こいつはどんな闇も光で照らしてくれるんだ。
お前みたいにな」
「それって、どういう……」
困惑する結依をよそに櫂は言葉を紡ぐ。
「それはお前にやる。だから、ここで俺を待ってるって約束して欲しい。……いいか?」
「うん……!約束だよ……!必ずここに戻って来てね……!」
「あぁ。約束だ」
そう言って、二人は指切りをした。
その時はもう不思議と悲しくはなかった。
彼がここに戻ってくると約束してくれたから――――。



ぴぴぴぴっという電子音が早朝の部屋に鳴り響く。
ひどく懐かしい夢を見た。
それも、小学生時代の。
――懐かしいな……今頃トシキ、どうしてるかな……。
もしかしたら、自分のことや幼いころの約束などとっくに忘れて、彼女でも作っているのかもしれない。
そう考えると無性に寂しくなった。
「うぅ……学校の準備しよう……」
なにせ今日は後江高校の入学式だ。何があっても遅れるわけにはいかない。
眠気の抜けない身体をベッドから無理矢理引きずり出しながらも結依は新しい始まりに胸を躍らせていた。
顔を洗い、歯を磨き、この間、イメージチェンジのために購入したピンク色のリボンがついたバレッタを髪につける。最後に後江高校の制服に着替えると、結依は物悲しげな表情で下の階のリビングにある写真に話しかけた。
「お父さん、お母さん。私、今日から高校生になるよ。……私、二人がいなくても頑張るから」
そう言って、写真の前で手を合わせる。
しばらくそうしていると結依は、誰もいないだだっ広いリビングに、行ってきます、と挨拶をし、自宅を出た。



後江高校へ繋がる桜道をこれからの高校生活をイメージしながら進んでいくと突然背中に衝撃を感じた。
「おっはよー!ゆいにゃん!イメチェンしたんだねっ!頭のバレッタ可愛いよ」
朝からハイテンションで結依に声をかけてきたのは、先導涼風だった。
彼女は結依が小学六年の時から知っている、所謂幼馴染だ。幼馴染といっても涼風は結依の二つ年上だが。
「おはようございます。涼風先輩は朝からテンション高いですね……。何かいいことでもあったんですか?」
結依は呆れたように、涼風を横目で見ると彼女はきらきらと瞳を輝かせ、待ってましたと言わんばかりに饒舌に話し始めた。
「あるよあるよ!まさに今日この日、待ちに待ったこの日が最大の幸福なのよ」
「はぁ……」
涼風の高いテンションについていけず生返事で答える結依。その表情もどこか迷惑そうだ。
結依でなくとも涼風のこのテンションについていくのは難しいだろう。
「はぁ……じゃないでしょ私はゆいにゃんとの高校生活をイメージしただけでもう……」
「きゃあ!?」
がばぁ、と結依に思いきり抱き着く涼風。突然の涼風の行動に結依は驚き、飛びのいた。
「あぁぁぁぁ……たまんない毎日こうしてゆいにゃんをくんかくんかできるなんて夢みたい」
「警察呼びますよ先輩」
「すみません調子に乗りました……」
結依から離れ、まるで土下座でもしそうな勢いで謝る涼風だった。
「二人ともおはよ。朝から二人で何話してたんだ?」
仲良く談笑する二人の前に現れたのは、同じく幼馴染の三和タイシだった。
結依と三和は、小学校以来の幼馴染である。もちろん中学も一緒でもはや腐れ縁、と言ってもいいほどだった。
涼風のことは、しょっちゅう結依と絡んでいるので(物理的にも心理的にも)嫌でも知り合いになる羽目になった。
「ちっちっち、だめだよ三和君。乙女のナイショ話を聞いちゃ。それにもし三和君になんか話したりしたらやつらがどう動くか……て、二人とも先輩を置いてかないでよ」
涼風が目の前を見ると、結依と三和は涼風を無視し先に進んでいた。
当然といえば当然の結果である。
「その髪飾り似合ってんじゃん。イメチェンか」
「うんありがとう、タイシ」
「二人とも私を置いてくなんてひどいっ」
「先輩が厨二トーク始めるからだろ。なぁ、結依」
「ねータイシ」
二人で顔を見合わせ笑う結依と三和。
「あーもー、二人とも厳しいなー」
「先輩がダメダメなんですよ」
「私こう見えてテストは毎回満点、学年トップよ」
「「嘘だ!!」」
「二人とも私のことなんだと思ってたの」
「それは……ねぇ」
「なぁ……」
顔をひきつらせながら涼風をまじまじと見つめる二人だった。
そして、そんな三人の脇を茶髪の少年が通り過ぎていく。
なぜだか結依の胸には懐かしさがこみ上げていた。三和も同じだったようで、その茶髪の少年ところに駆け寄り、声をかけているところだった。
しばらくすると、三和は先ほどの茶髪の少年の腕を引き戻ってきた。
「ちょっとー三和君。どこから拾ってきたのか知らないけどうちでは飼えませんからねー」
「どうやったらそんなシチュエーションが完成すんだよ……。と、結依、こいつ覚えてるか」
「あ、え、と……」
忘れるはずがなかった。それでなくともこの四年間一瞬だって忘れたことはない。
「え、なに三人は知り合い」
取り残された涼風がわけもわからず問いかける。
「まぁ、な」
「も、もしかして、トシキ……?」
おそるおそる結依が尋ねた。
「……お前、結依、か……」
エメラルドのような瞳を驚いたように丸くして、目の前の少女に問いかけた。
「う、ん」
結依は聞かれると返事をし、心底嬉しそうに目の前の幼馴染に微笑んだ。
「さて、と俺たちは先に教室行ってるからあとは二人でゆっくり来いよ。じゃあな!」
「ちょっと三和君離して」
三和は眉間に皺を寄せ、あからさまに不機嫌な態度をとる涼風の腕を半ば強引に引っ張り、手を振りながら去って行った。
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