【杉まる】
.



ふと眩しさを感じて目を向けると、夕焼けを映してキラキラ光る小川が見えた。

とても、懐かしい光景。
肩に食い込むランドセルのベルトがある気がして、手をやるがそこには何もない。
自分は、制服を着ていて
鞄は手のひらにしっかり取っ手を握って。

昔より、高い視線からその小川を見ていた。
あの頃より、ずっと遠くまでよく見える―。




『……』


まる子はすん、と鼻を鳴らす。
切ない様な、胸を締め付ける様な気持ちが溢れてきて―涙は止まらなくなり、嗚咽が漏れる。




(……あ、あれ。とまんない…!?)


そんなに悲しい訳でもないのに、どんどん呼吸が苦しくなって。
酸欠を覚えて手のひらで宙を掻くと、指先にサラリとした感覚が。





―…………さらり?




疑問を感じた所で、
思いきり覚醒した。









『…、ん?』
『…………』


ぱか、と目を開いたまる子の目の前には―
健康的な、肌。

と、気付くと同時に一気に空気が流れ込んできて。


『―っ、こほっ、』


まる子は、慌てて呼吸を整える。
じわりと溢れた生理的な涙で滲む視界に、悪戯っぽく笑う杉山が見えた。




『おー、起きた起きた。』
『…すぎ、やまくん…?』




状況が掴めずにきょとん、とするまる子に、杉山はあれ、と呟いてそれから口を尖らせる。


『何だよ、まだ気付いてないわけ?』
『気付いてないってなに…ってえ、ちょっとっ…!?す…っ』




杉山はずい、とまる子に身を寄せると。
両手首を絡め取ってその唇を奪う。


『んん…っ』


ごん、とガラス窓にまる子の後頭部が当たって。
それが目を閉じかけたまる子に―ここが教室である事を、思い出させた。




―どんっ。




力任せに厚くなった胸板を押すと、動かないながら唇は離れてくれた。
至近距離で杉山と目が合って。ニヤリ、と笑われたのに急速に顔に熱が集まる。




『なっ…!な、ななななななにっ、してんのさ!教室だよ!?』
『心配しなくても、誰もいねーよ』
『そういう問題じゃないっ…』


校庭からはまだ部活動に励む生徒の声が聞こえる。
誰がいつ入ってくるかも分からないのに、とまる子は口許を押さえながら杉山を睨み付けた。と、同時に―先ほど目覚めた時の息苦しさと、間近にあった肌の色が思い起こされて。まる子はあっ、と声を上げた。




『さっ、さっき!さっきのもアンタの仕業だねっ!?』
『あれ、やっと気付いたのか?キスしても気付かないで寝てっからついでに鼻も塞いでやったんだけど』
『そっ、そんな事したら死んじゃうじゃないのさ!』


キィー!と真っ赤になって怒るまる子に、杉山はアハハと暢気に笑う。
帰ろうぜ、と踵を返した杉山に、まる子は『ちょいと待ちな!』と任侠映画の様な台詞で慌てて追いすがって。




『だいたいアンタは、そもそも…っ、!?』




背伸びして言い募った唇を、
屈んだ杉山にまた奪われてしまう。




『――ッ!!』


ガタッ、と後ずさってロッカーに背中を打ち付けたまる子に、
杉山はまたニヤリと笑って。






『おまえ、隙ありすぎ。ぼっとしてると襲われんぞ』


俺に、と付け加えた杉山の台詞にまる子は耳まで真っ赤になる。
その様子に杉山は『赤すぎ』とまたゲラゲラ笑った。




『うう、こんな野獣の前でうっかり寝てたアタシが馬鹿だったよ…』




なんだか気が抜けてガックリと落としたまる子の肩を、杉山はバンバンと叩く。


『ま、気にすんな!そこがおまえの可愛いとこなんだからよ!』
『…!』
『さ〜、帰ろうぜー』
『……』




言うなりまる子の手を取って、杉山はそのまま歩き出す。
『小せぇ手』と呟く横顔は男らしく精悍で、やっぱりドキドキしてしまって。




『……』




まる子は、夢に出たあの小川を思い出した。




(キラキラして眩しくて…)



手が届きそうで遠いんだ、と。

俯くまる子は、まだ杉山の心に気付いていない。


それは、そう―もう少しだけ、先の話。










数ヵ月後。

『…つかおまえ、キスまでされといて気付かないってあり得ねぇだろ!』
『なっ、なにさ!杉山くんがあんまり軽いからねぇ…ッ』






end☆






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