長編
□05
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あのあと、俺は王宮の浴室に居た。
真新しい服を手配され、風呂に入るよう進められたからだ。
『………。』
手でお湯をすくってみる。
半透明なお湯は指の間から抜け落ちた。
『暖かい…』
風呂なんて、いつぶりだろう。
前は風呂なんか入れなかった。
どんなに血まみれでも、どんなに汚れていても、ボロボロの布を乱暴に投げ渡されるだけだった。
膝を抱えれば、ゆらゆらする体に無数の痣や傷が見える。
足首には、一際目立つ足枷の痣。
縛られていた事の証。
『俺は…』
もう一度手でお湯をすくえば、落ちた雫が波紋を生み出す。
『どうして奴隷だったんだろう…』
思い出せない遠い昔の記憶が、俺の心を縛っていた。
***
『ありがとうございました!本当、なんとお礼を言えば…』
「いやいや、いいんだよ。」
何度も頭をさげる俺にシンドバッド王は困った顔をしていた。
『本当にありがとうございました!このご恩は必ず…』
「エレン」
ふと名前を呼ばれ、シンドバッド王を見つめる。
「君には、このシンドリアにいてほしい。もちろん、奴隷としてではなく、食客として。」
『食客…として?』
微笑みを浮かべ、屋敷をでる時と同じように手をさしのべられる。
「食客として、シンドリアに貢献してはくれないか。」
真剣な、彼の瞳に吸い込まれそうだった。
『…こんな…こんな俺でも力になれるのなら、喜んで。』
あの時は取れなかった手を、今度は迷いなく取った。