長編
□06
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シンドリアで食客として暮らしはじめて、四週間ほどがたった。
ジャーファルさんの仕事を手伝ったり、マスルールさんを起こしに行ったり、ピスティさんに街につれ出されたり、シャルさん(本人にそう呼べと言われた)の剣術に付き合わされたり…。
たった四週間の間でも色々な事があった。
そんな忙しくもある毎日の中で、今日は一通りの仕事を片付けられ、暇をもて余しながら王宮の中庭に居た。
『ふぁ……』
シンドリアの暖かな日射しが、眠気を誘う。
(少しくらいなら昼寝してもいいか…)
ジャーファルさんに言われていた仕事も無かった筈だと安心しながら、青空に流れる雲を見送って、俺は眠りについた。
ー…エレン、エレン。
誰かが、俺の名前を呼ぶ。
聞いた事も無い女性の声が、黒一色の世界に響いていた。
ー…エレン!逃げて!!
『え?』
それまで穏やかだった女性の声が、突然はりつめたものに変わった。
女性が放った言葉の意味を理解出来ずにいると、真っ暗だった視界が赤に変わる。
ー…エレン…あなただけは…
ー…ーーーーーーーー
あなただけは、その先の言葉は聞こえなかった。
ー…エレン、エレン…
苦しげな女性の声が、何度も俺の名前を呼んでいた。
「………エレン、エレン!」
『…ッ!?』
突然声が聞き覚えのあるものに変わり、目を開ければ一気に現実へと引き戻される。
視線を少しずらせば、見たことのある水色の髪。
『ヤムライハ…さん?』
「昼寝なんて珍しい…。それに、ひどくうなされていたわよ?」
彼女の瞳は不安げに揺らめきながら、俺をとらえていた。
『すいません…。大丈夫です。』
「そう?何かあったら、遠慮せずに言って良いのよ?」
尚も下がる彼女の眉に、俺はどうしたら良いのかわからなかった。
「大丈夫なら良いけど…。今回は貴方に話があって来たの。」
『話?』
「王が、貴方を呼んでいたわよ。」
『え、王様が?』
ガバッと立ち上がり驚く俺に、ヤムライハさんも目を見開いて、コクリと頷いた。
『すいません!教えてくれてありがとうございました!』
その場から駆け足で立ち去る俺に、ヤムライハさんの言葉は聞こえなかった。
「エレン…貴方、何者なの?」
エレンを起こす時に感じた異質な魔力を、ヤムライハは忘れることができなかった。