長編
□07
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『ハァッ、ハァッ、ハァッ……』
急いで、王宮の廊下を駆けて行く。
王宮の廊下は、急いでいる時ほどさらに長く感じられる。
(王様を待たせる訳には……)
自分に言い聞かせ、走るスピードを早めた。
『ふぅ………』
やっと着いた。
そんな気持ちだった。
乱れる呼吸を整えながら、コンコン、と目の前の扉をノックした。
『あの、王様……。エレンです。』
「おお!入っていいぞ!」
中から明るい声が返ってきて、ゆっくりと扉を開ける。
『遅くなってすみません。』
「いやいや。ここまで走ってきてくれたんだろう?こちらこそすまなかったな。」
昼寝なんてするんじゃなかった、と自分をしかりつけながらも会釈を交えて部屋へ入ると、早速王様が話を始めた。
「早速なんだが、先日、バルバッド国王から書簡が届いてな」
『バ、バルバッド!?』
驚く俺に対して、いつになく真剣な王はコクリと頷く。
「その内容は、シンドリアとの船舶貿易を打ち切るというものだった。」
『えっ……』
あまりにも一方的な話だ。
島国であるシンドリアは、貿易無しにはたち行かない。
なのに、重要な貿易相手であるバルバッドに貿易を打ち切られたら…。
『なぜ、そんなことを…?』
「わからない。シンドリアとの貿易はバルバッドにとっても悪い話ではなかったはずだからな。あの国王が自分の意識で貿易を打ち切るというのは考えにくい。」
バルバッドの国王を知っている王は、尚も淡々と話を続けた。
「そこで、俺は国王と直接話をつけるためにバルバッドに行くことにした。ジャーファルと、マスルールも連れてな。」
『……!』
王がバルバッドへ行く。
その言葉を聞いた瞬間、なんだか不安になった。
出かけることなんて、俺がいる間にもあったことなのに。
なんとなくで浮かんだ不安に眉尻を下げると王は笑いながら口を開いた。
「悪い悪い。話し方が悪かったな。」
言葉の意味がわからなくて、王様の顔をじっと見つめる。
「つまり、君もついてくるかと聞きたかったんだよ。」
『えっ?』
願ってもない言葉だった。
エレン自信も、彼について行きたかった。
少しでも役に立ち、恩返しがしたかったのだ。
エレンが答えようと口を開くと、王様は少しだけうつむいて言葉を紡いだ。
「ただ、一つ心配でな。」
初めて聞く、不安を孕んだ声。
「バルバッドは、エレン自身が縛られていた地でもあるんだ。」
『!!』
「俺はエレンに辛い記憶を思い出させたくない。無理についていくなんて言わなくていいんだぞ。」
俺自身が縛られていた地。
シンドリアに来てから、まだ四週間しか経っていない。
まだこの国で過ごした日は浅いのだ。
(辛いこと………)
俺を呼ぶ、汚い声。
『でも、それでも…』
重い足枷、傷つけられる体、浴びせられる怒号。
『それでも俺は、』
そんな恐怖から解放してくれたのは、汚れた俺を、こんなに暖かい国に連れてきてくれたのは、
『貴方の傍に居たいです。』
他ならない、貴方なのだから。
そんな思いでシンドバッド王を見つめていた。
「…………わかった。」
『! ありがとうございます!』
無理はするなよ、と付け加えながら俺の頭を撫でる手は、とても暖かかった。