小説
□入道雲の下で流した涙
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(シンアヤ←セト)
待って、お姉ちゃん。
行かないで。
僕、お姉ちゃんがいないままじゃまだ、ダメでダメで。
だから置いていかないで。
走ってきたからか上がってしまった息に、言葉はすぐにはでなくって。
僕は肩で呼吸をした。
膝に手をつくと幾分か楽になる。
わずかに太陽が雲に隠され陰ったのが、あまり変わらないはずだけれど涼しくて、嬉しかった。
「お、ねえちゃ、」
口から出た言葉は聞き苦しかった。
これじゃあ意味も通らないと、口をつぐむ。
ぽたぽたと汗が流れ落ちていいった、情けないなあ。
ぼんやり数秒地面を眺めてから、声を普通に出せそうだったので顔をあげた。
まあ、当然全く言えなかったわけなのだけれど。
だってそこに僕らの、僕のずっと見ていたお姉ちゃんの姿はどこにもなかったのだから。
炎天直下、僕の立つアスファルトの先にいる彼女は頬を赤く染め、幸せそうに笑っていた。
僕らの知らない、学生服を着た不機嫌そうな顔の男の人に向かって。
「…………、え?」
真っ先に疑問を表す言葉が出た。
何で、どうして。
制御のできなくなった心が痛くて、苦しくて辛くなる。
こんな心、きっと僕は見たことがない。
僕の今の状況ように握りつぶされるような圧迫感は、誰も体感したことはないだろうから。
幸せそうにクスクスと笑う姿に目の前が真っ暗になる。
ブラックアウト、フェードダウン。
「お姉ちゃんの、友達……?」
前に夕飯を囲みながら話していたことを思い出した。
目付きはちょっと悪いんだけどね、優しくて寂しがりで、本当は誰よりもみんなのことを考えている子なんだよ。
それってとってもね、ヒーローみたいじゃない?
キラキラと目を輝かせながら言ってたっけ。
僕はヒーローという言葉に一も二もなく首を縦に振りまくったのだが、
キドもカノもお父さんも顔をひきつらせて拳を震わせていた。
お母さんだけは青春だねえ、と言って笑っていたけれど。
みんな心の中でその人のことをぎったんぎったんにしていたから、怖かったなあ。
あの時に笑っていたお姉ちゃんはそのことに気付かなかっただろうけれど。
「そっかあ……あの人がお姉ちゃんの……」
好きなひと。
お母さんが言っていた、アヤノはその人が好きなのね、って。
お父さんは怒っていた。
キドはムスッとしていた。
カノは悔しそうにしていた。
僕ははたして。
「どうしていたんだろ。どんな顔、してたのかな」
夏休みの学校に向かう彼らは、何の話をしているのだろう。
お姉ちゃんはいつも笑顔だけど、僕の隣にない笑顔は一段ときらめいていて。
可愛かった。
可愛くて、僕は、僕は。
「…………ばかだなあ、僕。また泣いちゃう」
お姉ちゃんだけはすぐに泣いちゃう僕に、泣いたままでいいよと言って背中を擦ってくれた。
泣きたいときに泣ける強さも必要だからと。
いつか泣きたくても泣いちゃダメな時が来るから。
その時の分まで、今は泣いたっていいんだよ。
僕に意味はよく分からなかったけれど、お姉ちゃんは温かくて優しくて。
それでもヒーローは泣いたりなんかしないよね?
僕だってヒーローになりたかった。
憧れてるんだ、今だって。
「もっと僕が、強ければよかったのに」
お姉ちゃんを守れるくらいに、幸せにできるくらいに。
それができない僕は、それを簡単にできてしまう目付きの悪い彼がいるから願いを殺さなければならない。
僕だってお姉ちゃんのことが、だいすきだったのに。
入道雲の下で流した涙
セトの初恋がアヤノだったらいいなあ、という願望から。
セトアヤよくないですか。
何でマイナーなんでしょう、可愛いのに。
上手く書けないけれどもセトアヤを自家生産していきたいなあ……(遠い目)