いろいろ

□涙の味なんて知らないくせに
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(ヒビヤとモモ)


※ぜんぶ捏造です



どうして僕の方だったんだろう。
永遠に思われた終わらない日々は唐突に僕を吐き出して目の前から遠ざかってしまった。
毎日見ざるをえなかった揺れる陽炎だってもう、ひとつの季節が終わろうとしている今となってはなかなか見られるものではない。
あそこのことを思い出すと口の中が乾いてぞくぞくと背筋を這い上がる気持ちの悪い感覚が一緒になって僕を襲う。
だけど僕の記憶しているあの場所での最後の光景は、僕を引き戻させるものだったから。

『元気でね、ヒビヤ』

走ってくるトラックは停まりそうにない。何で、ととっさに思った。
これまでは僕が彼女を助けて、僕が死んで、それで終わりだったじゃないか。
どうして彼女が死にそうなんだよ、どうしてそんな風に僕に笑って見せるんだよ。
自分がしてきたことを棚にあげて、頭の中は混乱しきっていた。
彼女を死なせるわけにはいかない。
彼女にあんな顔、させたかったわけじゃなかったんだ。
きっとまた毎日は繰り返されると、轢かれていく彼女を呆然と見ることしかできない僕は願った。
そんなに上手くいかなくて、あれほど終わってほしかった日々は最悪な終わり方をしたけれど。

「…………ヒヨリ」

終わらない日なんてない。夢なのかと思った。
でも、現に彼女はいないし彼女なしで僕がこんなところにまで来られるはずがない。
彼女を置いてきてしまったんだ。
いっそのことこれが夢だったら、どれほどよかったことか。

「あ、こんなところにいた!おーい、ヒビヤくーん!」

騒がしさに眉間にシワが寄った。
ようやくあのわけのわからない人たちのいる場所から逃げ出せたと思ったのに僕を追ってきたらしい。
ばか正直に本名なんて言わない方がよかったのか。
両親の言っていた通り、都会とはそれほどに恐ろしい場所だったらしい。
嫌味をわざと言っているって、もしかしてこの人は気付いていないのだろうか。
コノハといいこの人といい都会育ちの人はおつむが弱いのか。そんなことはないんだろうけどさ。
走って逃げようかと思ったけれどすぐに追い付かれてしまった過去が脳裏に蘇り、無駄な抵抗を諦めた。
やって来たその人とは一定の距離を保つように心がけながら歩くも、そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに、いや実際知らないんだろうけど、その人は僕に思いっきり抱きついてくるものだから一瞬、息が止まった。
身長差とかをちゃんと考えてほしい。
ちょっと屈んだくらいじゃ腕を回されても首が絞まるだけなのだ。
そんなにぎゅっと抱き締められたら、年上の女子に抱きつかれるなんて普通はラッキーだろうに僕は必死に「ギブギブギブギブ!!」と叫ぶことしかできない。
下らなさすぎる、何でこんなところでまた死線を見なくちゃいけないんだ。

「よし、勝った!」

その人は嬉しそうに言ってようやっと腕を離してくれた。
これは勝負だったのか。何の勝負だったんだ。
できれば、とかそういうのじゃなく普通に絶対二度としてほしくない。

「何しに来たの、オバサン」
「ま、またオバサンって言う……!可愛くないなあ……」

可愛くなくて結構だ。この人に可愛いなんて思われたいわけじゃない。
同じように可愛いと思うなら僕じゃなくて、この人の大ファンなんだから彼女にそう思ってくれたらいいんだ。
ここにいるのが僕じゃなくて、彼女だったらよかったのに。

「また倒れちゃったらどうするの?抜け出してどっか行っちゃおうとするなんて水くさいよ、ヒビヤくん」
「ついこの間会ったばっかりなんだから当たり前だろ!」
「そうかなあ?でも私はヒビヤくんに何かあったら、って思ったら心配だな」

悪意のない笑顔だった。
どうして僕はこんな善意を故意に嫌おうとしているのかと思ってしまいそうになる、屈託のない優しい笑顔。
出会ったばかりで昨日までは知らない人で、でも知り合った以上は何かあったら心配。
ねえ、都会ってもっと冷たくてひどい場所なんじゃなかったの。
これじゃあ僕ばかりがひどいみたいじゃないか。

「心配、なんて」

その人は言葉通り心配そうに僕を見ていた。
膝を折って僕の顔を見上げるように覗き込む。
僕がまだこの人にとって小さくて頼りなくてひ弱な存在に見られているからなのか。
でも、たとえそうであっても、そんな風に真摯に僕と向き合ってくれるのはかなり嬉しかった。嬉しかったんだ。

「どうしてオバサンは一人で、僕を追いかけてきたの」

その人は刹那きょとんとして、それから照れたように頬を掻いて笑った。
オバサンじゃないよ、と軽く否定しながら紡がれる言葉。

「ヒビヤくんがその、ヒヨリちゃんを助けたいって気持ちは分かったよ。私も助けたい。協力するし、何とかしてみせるつもり。でもヒビヤくんがどうにかなっちゃったりしたら、そしたらぜんぶ、意味なくなっちゃうんだよ」

手を握られた。子供体温だからか僕の手は温かいのにこの人の手は氷のようだ。
僕を探して走っていたけれど、ひょっとしたら結構な距離を走ったのだろうか。こんなに手が冷えるまで。
だって普通、起き抜けにこんなに手が冷たくなるはずがない。
ひんやりしているはずなのに僕にそれは温かすぎて、包み込まれた両手の行く先がなく僕は指先をもぞもぞ動かした。

「僕がどうなると思ってるわけ。どうにかなるって、どうなるんだよ」

何となく気まずくて僕が目を反らしても、この人は目を反らさなかった。僕の顔をまっすぐに見て笑った。
可愛いとかそういうのとはちょっと違っていて、ホッとしたようにきれいに笑う人なんだと思った。
笑う顔しか見てないといっても過言じゃないくらいなのにそれに気付くのが遅すぎるかもしれないが。

「本当、そうだね。ごめんねヒビヤくん」

その人は立ち上がると僕の手を勝手に引いて歩き出した。
向かう先はこのままだとあの日、彼女が最期に笑って見せた横断歩道のある場所だ。
それだけは僕にも分かった。でもどうしてこの人が僕の手を引いて、そこに向かおうとするのか。

「オバサン、何で、」
「ヒヨリちゃんを見つけるんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ほら、早く行こう?」

小走りになるその人について行く。限界だった。
だって僕、すごく失礼で不躾で、最悪な奴なはずなんだ。
せっかく手を引いてくれる人がいるっていうのに、優しくしてもらっているというのに。
僕はどうしてこうなの?どうしたらいいの?
どうすれば、いいの?
ぽたりとアスファルトに染みたのは雨や汗や排水の類いではなかった。
一度流れ出したらなかなか止まらない欠陥のある僕の器官からは頬を伝って水色のパーカーも青色に染めてみせる。

「ひ、ヒビヤくん!?どうかした?ごめん、私が何かやっちゃった?」
「バッカじゃないの。そういうんじゃないから」

みっともなく泣きながら強がる僕の声は震えていた。
そんな僕にオロオロしながら目の前の年上の人はごめんねと謝罪を何度も口にする。
安易に謝るのもバカみたいだ。僕もこの人も、おんなじでバカなんだ。
この人はそれだけじゃないけど。

「でも、ありがと」

恥ずかしいけれど言ったお礼はちゃんと届いただろうか。
その人は目を丸くして、すぐに優しい笑顔を見せた。
いたずらっ子のようにも見える、子供じみた笑顔だった。

「素直じゃないなあ、ヒビヤくんは。あ、それと、私まだ高校生だからね!?オバサンじゃないから!」

僕のことをろくに知りもしない隣を歩くその人は僕の目を見て言った。
今はまだ呼んであげる気もさらさらないけど、いつか、僕もこの人のことを名前で呼んだりするんだろう。
昨日まで知らなかったけれどもう出会ってしまったから、もう関わってしまったから。
励まして心配してくれるこのお人好しと、もう少し一緒にいようと思ったんだ。
ヒヨリがこの人のファンだっていうのも、何だか少しだけ、少しだけだけだけれど納得できたような、そんな気がした。



 涙の味なんて知らないくせに

 title by:英雄














モモだって、引きこもりの兄のこととか成績とか進路とか色々悩むようなことがたくさんある結構な苦労人なんだと思うけれどあの性格だからあんまりそうは思われなさそうだなと思って。
別に悩まなさそうな気もしますし。
でもモモもそういうことにいちいちかなりの時間をかけて悩んでいたりしたらいいなあと思ったので。
これはヒビヤ視点だからモモも悩んでるんだよ!って描写はほぼ無いですが脳内ではそんなことを思いながら書いてました。

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