いろいろ
□静寂がうるさいとき
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(キョウベル)
初めて会ったのはいわずもがな、最初のポケモンをもらった時。
にこりと笑ったその人はまるで自分のことのように僕らの旅立ちを喜んでくれて、嫌な顔せずに、むしろ何だかちょっと嬉しそうに色々教えてくれた。
それから色んなことがあったっけ。
ライブキャスターをもらって、よく話すようになって。
隠れ穴も教えてもらったな。
一緒に観覧車に乗ったこともあったっけ。
そうだ、久しぶりに家に帰ったら母さんと話していてびっくりしたっけ。
今でもたまに、僕はいないってのに二人で話していたりするからちょっと複雑だ。
女の子がいたらこんな感じなのかしら、なんて母さんが言っていたこともあった。
うん、だからっていうわけじゃあ、ちょっと無いんだけどさ。
でも思ったんだ。
僕は、この人のことが。
「ベルさん!」
呼び出したのは僕の方で、彼女だって暇なわけではないだろうから不安だったけれど、快くオーケーを出してくれた。
ここに来るのは懐かしい。
ヒオウギの北の高台だ。初めて会った場所の。
「キョウヘイくん。そんなに急がなくても大丈夫だよ?」
大人びた風に、だけど小さな子のようにベルさんは笑った。
この人のこういうところを見るたびにきゅうと僕の胸は変な音をたてて締め付けられるのだから末期。
彼女の前に立って息を整える間、ベルさんはただ静かに笑って待っていてくれた。
どう切り出そうかと思うと、迷う。
「それで、その、ベルさん」
「うん。なあに?」
気にするそぶりは全くない。
意識していないんだなあと思う。
前に言っていた。キョウヘイくんは小さい頃のトウヤに似てるねと。
でもトウヤとも違うところもたくさんあって、私の回りにはいないタイプだったから新鮮だなと言ってくれた。
旅先でも何度も言われたな、僕はそんなにトウヤさんに似ているのだろうか。
トウヤさん本人と話してみて、確かに似ている部分もあったけど違う部分も多かったのだけれど。
「僕はベルさんに、言いたいこと……言わなきゃいけないことがあって」
うん?と首をかしげるベルさんはものすごく可愛くって僕の心臓は鷲掴みにされました。
それは反則ですって。
ベルさんは気付いてないかもしれないけれどトウヤさんと僕が似ているからだろうか。
こんなにも、距離が近いのは。
嬉しいけど恥ずかしくて、緊張して、息が詰まって、やりきれなくて、手にいっぱい汗をかいてしまう。
必死にズボンで汗をぬぐうと少しでも平常心が戻ってきてくれる気がした。
気のせいかもしれないけれど、僕は今そのくらいしかすがれるものがないから。
テンパってしまってはカッコがつかない、もうついてないけど。
「ベルさん」
「は、はいっ!」
僕の緊張が伝わったのか、真剣に話をしたいと分かってくれたのか、僕が名前を呼んだのに驚いたのか。
分からないけれどベルさんは声を裏返させて返事をした。
やってしまった、という顔をしてひどく恥ずかしそうにしている。
臥せられた顔が赤いのが嬉しいやら、見てしまって悪い気がするやら。
「ベルさんのことが、好きです」
やっと言えた。言えたけど、どんな反応をされることだろう。
怖くてベルさんの顔を直視できなくて目を反らした。
僕はここ一番というときに弱くなっていけない。
弱虫だ、こんなんじゃ、ダメなのに。
ベルさんはしばらく何も言わなかった。
静かに春の風があたりを包む。
桜がひらひらと、ちらほら舞っていた。
景色を楽しむ余裕なんてないけれど。
「あ、ありがとう」
ベルさんは困ったように言った。
やっぱり脈はなかったか、分かっていたけど。
分かっていたから、言えてスッキリした感じがある。
ベルさんには悪いけど。
「いえ、僕こそ。急にこんなこと言っちゃってすみません。でも言えてよかったです。ありがとうございました」
彼女に立ち去る様子がないから、ここにはいられなくて僕は階段に向けて走る。
最後はせめて潔く諦めきれたらよかったのに。
でも好きなんだ、好きだから、諦めきれなくて涙が出てしまいそうなんだ。
そんなの情けなさ過ぎるだろ。
「待って!キョウヘイくん!」
他のどんな魔法の言葉よりも彼女の普通のそれが勝るから、僕は足を止めないはずがなかった。
踊り場で背を向けたまま立ち尽くす。
彼女は呼び止めたもののこちらに来る気配はない。
何を言う気だろう、これからも仲良くしてねとか?
それは、そんなのは直後に言われるとあんまりにもあんまりなのだけれど。
「私、キョウヘイくんにそんな風に思ってもらってるとは思わなかったの。だってキョウヘイくんは、トウコとかメイちゃんとかの方が、仲が良さそうだし。喋ってるとき楽しそうだったから」
「僕はベルさんと一緒にいて、話してるときが一番楽しくて幸せです」
背中に掛けられる言葉に、振り替えって返事した。
誤解を受けて終わりなんて、そんなことにはしたくなかったから。
ベルさんが息を飲んで、ひゅっと空気の吸い込まれる音が僕にまで聞こえた。
「キョウヘイくん、泣いてるの……?」
「…………女々しいですよね。でも、本当に、ベルさんのことが好きなんです。ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
トントンとリズミカルに階段を下りてきて、ベルさんは僕の肩に優しく触れた。
暖かい手が、彼女がすぐそばにいることが、簡単に僕の我慢を崩していく。
わんわん泣くのはあんまりにも子供じみているからこらえて、声を圧し殺す。
ぼたぼたとしずくはコンクリートの上に落ちて目立って仕方ない。