小説
□月に焦がれる
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※現代パロ
旧暦八月十五日、満月の夜が私の何十回目かの誕生日。
そのことを知ったのは丁度、夕食の下ごしらえをしながらぼんやりとニュースを見ている時だった。
下らない予定調和をこなすキャスターが、かの有名な、夏目漱石がアイラブユーを
「今日は月が綺麗ですね」と訳した話をしだした。
それははたして旧暦八月十五日と関係があるのだろうか、
なんて思うけれども月と関連していればいいのだろう。
「簡単なものやけん。世界なんてそんなものったい」
呟きは意図せず方言丸出しで、だけれど今さら直しようもなかった。
標準語だとか方言だとか、そういうのって通じれば何だっていいじゃないか。
確かに私の使う方言は強くて、通じないことも多少は、あるけれど。
父が帰ってくるまでに、しなければならないことは山ほどある。
旧暦は八月でももう九月だ、寒くなってきたから薄くとも布団が必要になるかもしれない。
お風呂を洗って、それから布団を出して夕食の本格的な支度をすればきっとそれなりに、それなりな時間となるだろう。
いつもは組み込まれない布団を出す作業が加わったのだ、急がなければ。
着替える時間が惜しくて制服のまま、風呂を洗う。
ザーとお湯で泡を流せば、嫌なことも全て流せる気がしてしまうから不思議だ。
幼馴染みは今頃何をしているだろう、アイツのことだからきっとまた、
愛猫の服やら何やらをせっせと作っているんじゃないだろうか。
お金を貯めて何を買うかと思いきや、自分専用のミシンを買ったと笑顔で報告されたときは内心びっくりした。
誰だって驚くだろう、男子がわざわざお金を貯めて買うようなものじゃない。
その笑顔に心臓が止まるほどドキドキしてしまう私も、相当な末期なんだろうけど。
「好きなんやから、仕方なかっ……」
今日干しておいて良かった、まだ仕舞うつもりだった布団を出してカバーを掛ける。
登下校は一緒だったけれど、誕生日だったのに何も言ってくれなかった。
意地なんか張って、自分からは言わないなんてことしなきゃよかった。
去年も一昨年もおめでとう、と言ってプレゼントをくれたから油断していた。
「……そうだ、私、今日まだ誰にも誕生日おめでとう、なんち言われてなか」
考えたら悲しくなってきて、あんなにキビキビ動いていた体が言うことをきかなくなって。
もうこんなのやだよ、私は何のために生まれてきて何をしているんだろう。
うだうだ考えてしまう、完全にネガティブ入っちゃった。
キッチンに、制服がしわくちゃになるのも躊躇わず座り込めば、つう、一筋の涙が頬を伝っていった。
ぽたり、スカートに落ちた雫が色を濃くさせて円形を作る。
おえつが漏れないように唇を噛み締め、短い呼吸を繰り返せば、枷を失ったかのようにボロボロ流れ出してくる涙。
誰か、誰かに会いたい。
ひとりぼっちは寂しいよ。
「夕飯、……作らな、きゃ」
それでもどうにもならないのはどうしようもない。
涙を脱ぐって気持ちを切り替えられもしないけれど、夕飯を作り出す。
カチッというご飯の炊けた音が、非現実じみていた。
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