小説

□月に焦がれる
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ご飯の準備ができた頃、父が帰宅した。

お腹減ったー、サファイアは料理が上達したね。

褒めてくれて完食してくれたのは嬉しかったけれど。

忙しいのも分かっている、大学の生物学を専攻した研究者である父も忘れているようでそれでも悲しい。

お風呂に入ってもらっている間に片付ける、幸いなことにスカートにはしわも涙の後も残らなかった。

よかったけれど、少し複雑。

残っている方が、誰かが気づいてくれるかもしれない可能性があるから。

皿を泡の付いたスポンジで擦りながら、バラエティーをぼんやりと見やる。

面白くない。

もう時刻は小学生の低学年あたりならば寝るような頃合いで、
この時間になって誰かが何かを言ってくれたり物をくれるのは絶望的。

諦めた心の中で、他人事のように自分はこんなにも誰かから誕生を祝ってもらいたかったのかと思った。

祝ってもらうだなんて、物をもらうなんておこがましいにもほどがあるのに。

洗濯物を畳みながら天気予報を見れば、明日も晴天らしい、雨だと洗濯物が乾かないから万々歳だ。


「だったら月、綺麗に見えるかもしれんち。見てくるべきかもしれなか」


洗濯物を片付けてからベランダに出てみた、やはり部屋の中とは違い肌寒い外界の気温に身がぶるりと震えた。

風邪を引いてしまっては面倒なので、慌ててパーカーを引っ掛けて再びベランダへ。

ぐるりと辺りを見渡して、うわあと思わず感嘆の声が漏れた。

見事な満月、非の打ち所の無い球体、円形が山吹色のような
明るい黄として真正面に浮かび上がっている姿は美しいが、むしろ怖いくらいだ。

冬に見る月は寒々しく、冷たい印象を残すけれどこの月はそんなものを感じさせなかった、
都会から離れているからだろうか、綺麗な色が影響しているのだろう。

冬の月は、何となく黄色というよりも青色のような気がするのは私だけだろうか。

月を見つめているうちに、届きそうもない距離を感じる。

学問的に知っていて分かっていて、届かないなんて当たり前だけれど。

広い空にポツンとたゆたう月。


「ひとりぼっち。私と、同じったい」


零れた自嘲的な言葉に、自分でも驚いた。

もう卑屈に笑うしかない。

月と自分を重ね合わせて、それでも赤の他人の他の誰かには、今日は確かに何の変鉄もない、普通の日だけど。

私にとっては、私だけに限っては今日は特別な日だから。

もう少しだけでも、黄昏たっていいよね。


「そんなことない!!」


突然、闇のなかに響いた声に弾かれたように下方を見れば、そこには
お決まりのようにいつものように白色の帽子を被ったアイツが立っていた。

走ったのか息が上がっていて、切迫した雰囲気に飲まれそうになる。


「な―――何ね、ルビー。どうかしたと?」


「誕生日!誕生日、おめでとう!!」


彼が叫んだ言葉に、刹那、思考が追い付かなかった。

誕生日おめでとう?誰が?

気づいた的には、ルビーは満面の笑みをたたえていて、どうして?

言われたかった言葉にありがとうと礼をするよりも先に、口をついて出たのは疑問だった。


「なん、で?学校では、なんも言わんかったのに」


「プレゼント、学校までに渡す予定だったのに間に合わなかったんだ。でも、今日中には間に合わせることができた」


朝言えなくてごめんね、言われてしまえば泣いてしまうほどに悲しくて寂しかったはずなのに、今は嬉しくて幸せで。

目を凝らせばルビーはひどい隈を作っていて、フラフラしているのはおそらく寝不足のためだろう。


「あ…………ありがとう……!」


「生まれてきてくれて、僕と出会ってくれてありがとう。サファイアと出会えてよかった」


真剣に目を見ながら言われて、ぶわわっと頬に熱が集中した。

プレゼント、ここに置いとくね、と言うルビーは言い訳のように照れ笑いで続けた。

直接手渡したいのは山々なんだけれど、情けないことに眠たくて仕方ないんだ。

ここで寝られる、本当に眠いらしいので私の返事も短くしよう。

彼に色々言ってもらえて、嬉しかった気持ちが少しでも伝わるように。


「ルビー!今夜は月が、綺麗ったい!」


目を丸くする紅は、はたしてこの言葉をどう受け取ってくれるだろうか。


もちろん私は――――





 月にがれる

   title by:休憩
























大遅刻すみません!一応ルサです。
ルビーもサファイアも久々すぎて誰?な感じですがルサを主張します。

しかしながら……あれですね、質より量とか量より質とか、そんなことを言ってみたいものです。
量も質も無いよ!

ルビーが、サファイアは夏目漱石がアイラブユーを「今日は月が綺麗ですね」と訳したことを知ってるか悩んで、
きっと知らないに違いないと決めつけ告白がスルーされたと悲しむサファイアとか原作を意識しました。
続き書くつもりもないので無駄な意識でしたが、そういうのとても楽しいと思いますがどうですか(いきなり何)

サファイア、お誕生日おめでとう!
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