小説
□涙を隠してしまえたら
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セトマリ
初めて二人で話した時のこと。
昔は泣き虫だった、とキドは教えてくれた。
大粒の涙をいつも両手の甲で擦っていて、目元を赤く腫れさせていたと。
昔は臆病だった、とカノは教えてくれた。
視線を誰とも合わせようとしないで、いつだってどこか人のいない所に逃げ出そうとしていたと。
聞いた私は、どこか信じきれなくて適当にふうんとだけ返した記憶がある。
それぞれ反応されたっけ、キドには分かっているのかとため息をつかれ、カノにはマリーには分からないかと笑われた。
「私は、今でもよく分かってないんだ。
どうしてそんなことを、キドもカノも言うのかなって」
ぽつり、呟いても薄桃色の世界では妙に浮いて見えた。
だってここは、私の夢の中の世界。
誰も入り込めやしない、私だけのセカイ。
思い出が甦ったのはきっと、睡眠は記憶を整理するために行われるからだろう。
過去の整理をしていたんじゃないかな。
セトのことを思うと、すぐに初めて出会った日の驚いたような幼い姿、迎えに来てくれた少し大人びた姿、
もうすっかり一人前の男の人のようにいろんなことをこなす姿がまぶたの奥で笑顔を向ける。
いつだって明るくて、咲き誇るヒマワリみたいなキラキラした笑顔を向けてくれるセト。大好き。
「きっと二人とも、私がセトを救世主か何かだと思ってるんだと、勘違いしてたんだね」
笑うと世界が揺らいだ。
ああ、まだ醒めないで。
まだここでしなきゃいけない整理は終わっていない。
「セトは確かに、停滞した時の中でじっとうずくまる私を、外の世界へと連れ出してくれた。
感謝してるし、出会えてよかったと思う。でも、」
メドゥーサだったおばあちゃんからの遺伝、メドゥーサのハーフだったお母さんの言っていた言葉。
『目を合わせると、石になってしまう』
目をつむって、両手で隠して。
おうちのドアを開けて入ってきたセトに怯えながら、私が言った言葉。
その言葉に彼は優しく、だけれど自嘲気味に笑った。
「僕だって石になってしまうと、怯えて暮らしてた。でも世界はさ、案外、怯えなくていいんだよ?」
うっすらと開いたら瞳に映る、白色のパーカーを着た同い年くらいの少年が、照れ笑いながら片手を差し出した。
絵本みたいにカッコよく、君を外の世界に連れ出してみせるよ。
輝く金の瞳は、その時から何も変わらない。
曇りなく、私を映すキレイなキレイな彼の目。
「セトは私と出会う前よりも、自分が臆病だと気づいてた。きっと泣き虫だと気付いてた」
不器用な彼は、私のために必死だったんだ。
だからセトは、救世主じゃあなくってでも、大切な人。
私より年下だけど、私を守ってくれる人。
「大人ぶってるセトは、誰よりも多分、子供なんだろうな」
勇気ある彼は臆病なんて。
いつも笑ってる彼が泣き虫なんて。
「……リー、マリー」
すすり泣く声が、私の名前を呼んでいる。
だあれ?なんて聞かなくたって、聞き慣れたあの声は彼のものでしかなくて。
どうしたの?慌てて踵を返し、走り出す。
私の夢は、私に臆病で泣き虫な彼を見せた。
「セト、セト。泣かないで?私はここにいるよ」
「マリー……あのね、僕、怖いんだ」
「こわい?」
語尾に「っす」なんて付けて強がるようになる前の彼。
自分のことを「僕」という臆病で泣き虫な彼。
聞き返すと、これ以上の感情の吐露は恥ずかしいものだというかのように必死に涙をぬぐう。
ぬぐいきれなかった涙が、何本もの筋を作り頬を濡らしていた。
「怖いんだ。言わないのにみんな、優しい顔をしているのに。
心の中では、ひどいことを考えてるんだ。それを言うとみんな、僕を化け物って言うんだ」