小説

□つよい子になんてなれない
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シンアヤ






私は彼が大好きだったけれど、きっと彼は私のことが大嫌いだった。

それでも私は彼の瞳に映り込みたくて、良心を利用した。
だから叶わなくても、私は片想いをずっと続けられた。
本当に、彼は優しい人だったから。



「スゴいなあ、シンタローは。私なんかまた赤点に引っ掛かっちゃったや」


追試の勉強しなきゃだよー、からから笑う私をシンタローは冷たい目のまま見る。
情けない私は頬をかきながら照れるけれど、ぺらりとテスト用紙がめくれてしまって青ざめた。

絶対に点数を見られた、こんな悪い点、きっとシンタローはとったことがないだろうな。
軽蔑されたらどうしよう。


「お前な……何でこんなのも解けないんだよ」


まったく、あきれられたような声色は案外いつもと変わらなくてホッとする。
彼の机には相変わらず三桁満点の再生紙が私を嘲笑うかのように堂々と置かれていた。

私からしたら何でこんなものが解けるかの方が、分からないのだけれど。


「追試の勉強、見てもらってもいい?」


「お前なあ……」


「お願いします!じゃなきゃ今度こそ私、留年しちゃうかもしれないんだもん!」


絶対嫌だと語る目に、必死に頭を下げ拝みながらお願いする。
私はこれでも、尊敬されてるみんなのお姉ちゃん(希望)なのだから。
実際はバカにされてるけれど、留年なんかしたらいよいよお姉ちゃんでもなくなってしまう。

お姉ちゃんの威厳を取り戻すんだ!


「しょうがないな」


「やった!ありがとう、シンタロー!」


頬をポリポリかきながら了承してくれるシンタロー。
勉強は嫌だけど、シンタローが教えてくれるなら私も頑張れる気がする。

ホラ、私はまた彼の良心を利用した。










俺は彼女のことが好きだったけれど、きっと彼女は俺のことを好きでも何でもなかった。

それでもただの友達だと思われているままでも、構わなくて。
俺は彼女の優しさを、利用した。


「なあ、寒いんだけど」


恩着せがましく追試のための勉強を、やましいことなど何一つなく教えた後の、帰り道。
好きなこと勉強会、なんて昔は憧れたりもしたものだったけれど、
現実はそんなものとはほど遠かった。
やっぱ俺、人に教えるのは向いてないみたいだ。


「ごめんね、シンタロー。こんな時間まで付き合わせちゃって」


夕暮れのオレンジ色の光が、窓から入り込んできて俺たち二人を照らし出す。
正直眩しくて、思わず目を細めた。

夏にだって何故か巻いている長い赤色のマフラーを、俺にも丁寧に巻いてくれて、同じマフラーを共有して帰る。
いくら長いといっても、普段より近づく距離。

ほら、寒いといえばこうしてくれるのは分かってる。
冬にしか使えない、期間限定のズル。

俺はまた彼女の優しさを利用した。









坂道の上で、そっとどちらともなく触れてしまった手を握った。
すぐに離されてしまうんじゃないかと思ったけれど、そのままの距離。

恐る恐る、顔をあげると視線が絡まった。


「シンタローの手、温かいね」


「アヤノの方が温かいだろ」


気持ちに気付かないまま、時間は進んでいく。
無惨なまでに。

彼らが「さよなら」するまで、あと何日があるだろう。
タイムリミットは、刻一刻と近づいてきていた。






 つよい子になんてなれない





 (ちゃんとあの時、想いを伝えられていたら、よかったのに)



















タイトルは「休憩」様からお借りしました。
カゲプロ公式アンソロに触発されたものパート3。

飛び降りていなくなる前日、「大好きだよ、シンタロー」と唐突にアヤノが言い出してシンタローはびっくりして、
その反応に笑いながら冗談だよ、ってアヤノが笑って誤魔化してくれたりしてたらいいのに。

いなくなった後で冗談じゃなく本気だったことにようやく気付いたシンタローが、
俺も大好きだったのにと思いながら引きこもりになった、とかだったらいいのに。

それでもってロスメモで再会した時に、シンタローが告白してくれたら私は満足です。死ねます。

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