小説

□八月の子猫はいなくなった
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(ヒビヤとセト)


※カゲロウデイズ攻略後






















白のストライプは何度も人に揉まれたせいか直線を保つことをできてはいなかった。
下地の黒が所々覗くその様を、冷めきった気分で見下げるとまた周りの音が遠くなる。

遠退いていく、そんな錯覚に襲われた。

横断歩道を見つめるとあの日を、あのことを思い出す。
それを言えばモモは何も言わずに抱き締めてきたし、
他のメンバーも目を泳がせてから頭を撫でたりした。

憐れんでいるのかと、最初は何だか悲しくもなったりしたけれど、
憐れんでいるだけではないのだと思う。思いたい。
みんな、主にモモはうざったいけど、僕のことを心配しての行動だろうから。

買った食材の入ったビニル袋がどさり、僕の手から滑り落ちる。
また幻覚だ、夏の暑さにやられた脳が嫌な記憶を呼び覚ます。
早くここから離れなくては、そう思うものの足がすくんで動かなかった。
感覚はあったけれど、袋の落ちたひどく鈍い音は遠くに反響して。


「ぅ、あ…………」


明確な意味を伴わない息が出た。
虚しい白と黒と、幼稚園児の落書きみたいに単調な水色一色の世界。
捕らわれて抜け出せない僕は、終わったはずの物語からまだ
戻ることができていないのだろうか。

目を反らしたいのに反らすことのできないまま、視界の端にあの時と同じ様に
必死に手を伸ばして走るコノハが見えた気がした。
ちょろちょろと、黒で線引きされた白色のトラックが黒猫を追いかけた
あの子に向かって。不思議に思うことは何もなかった。

繰り返した夏の日の情景、場景反射の条件反射。
僕しかいないのだから、僕が彼女を助けなくては。
躊躇いなく助走もなく、準備もしていないから体が悲鳴をあげるけれど
僕の全身は全速力で動き出す。


「ヒヨリ!」


そうだ、この世界には彼女の服の色の、桃色もあった。
それと、もうひとつも。

ゆらゆら揺れる透ける体のアイツと同じ様に、触れることすら叶わず
届かなかった伸ばした手が、ダランとだらしなく重力に従い垂れ下がる。
間に合わなかった。震えるくちびるから、僕は何をこぼしていることだろう。
分からなかった。

ただ、通りすぎたトラックの下、その場所から動かない彼女の凄惨な事故。
あまりにも艶やかな赤は僕の五感を麻痺させるから、
へたりこんでしまう僕には嘲笑うようにも見えてしまう。

這うようにして彼女に近づくと、美しいかんばせは無事だった。
あの頃のまま、変わらない。
終わりなんてないかのように、こときれた瞳は虚空を映している。


「僕は…………っ!」


拳を白に突き立てる。
茹だるような炎天下のコンクリートは足もだけれど火傷になりそうで、
だけどそれでも構わなかった。僕は、何をしているんだろう。
僕は、ぼくは。

どうしようもなくなって感情のコントロールがとれないままにぼろぼろ流れ出る涙。
この雫の意味は何なのだろう。
にじむ視界に、それでも彼女は変わらずそこにいる気がして。


「ヒビヤ!ヒビヤくん!」


がくがく揺すぶられて、僕がハッとすると目の前にはセトさんがいた。
ぽろり、残った涙が頬を名残惜しむかのように濡らした。

もうあの嫌な水色は、跡形もなく空から消えていた。
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