小説

□八月の子猫はいなくなった
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「少しは落ち着いたっすか?」


「うん。その、ありが、と」


ここじゃ危ないからと移動した先、公園の木陰で。
別にいいと言ったのに僕の買った物が入ったビニル袋を持ってくれているセトさん。

僕が歯切れ悪く礼を言うことしかできないのは天の邪鬼な性格のせい。
モモが普段から言うように可愛くないガキだと思われたことだろう。

出掛けていることが多く、あまり話したことのない人に
早速そんな印象を持たれただろうと刹那、落胆する。
しかし嬉しそうに「お礼なんていいっすよ。ヒビヤくんが無事でよかったっす」
なんて言うものだから、そんな臆測は杞憂だったのかもしれない。


「でも、横断歩道を見る度に幻覚を見ちゃうなんて、危ないっす。
 ほら、車に轢かれちゃうかもしれないし」


それこそそんなこと洒落にならないっすからと腕を組みながらうーん、と唸る。
解決策を考えてくれているのだろうが、そう簡単に思い付くわけでもないだろうに。

やっぱりこの人もメカクシ団の一員なんだなあと再認識する。
いい意味でも、悪い意味でも。


「八月の、それもこの頃しか見ないから大丈夫。今日はちょっと、油断しただけで」


弁解するも、それじゃあ気軽に出歩けないんすよ!?と信じられない、
あり得ないといった風に目を見開く。
そういえばこの人、放浪癖があったっけ。
前にマリーとキドさんが愚痴を言い合っていたことを思い出す。

加えてしまえば、今日はヒヨリのためにここまで来たようなもので、
ビニル袋の中だってヒヨリへの物ばかりだ。
いつもはあの田舎にいるので横断歩道もあまり見ない。
それに田舎が故、信号も少ないのだ。


「そうだ!その幻覚はあの日の状況と同じ時に、見てしまうんすよね?」


「ん、まあ……そうなる、かな」


ぱああっと顔を輝かせるものだから、モモが(彼女いわく)妙案を思い付いた時を
彷彿とさせてしまい眉間にしわが寄る。
おざなりな返答になってしまったが、セトさんは気にしないようで僕の腕をとった。

わ、なんてダサい声をあげてしまう。
健康的な、ほどよく日に焼けたちょっと筋肉質な腕は、
引き隠りに成り下がった僕の白い腕と対照的に目に映る。
僕も野菜の収穫とか手伝うからそんなに筋肉がついていないわけじゃ、ないはずなんだけど……。
一体どんなバイトを掛け持ちしているんだか。
確か前は、花屋とかって言ってたっけ。


「一人にならないで、誰かと一緒に行動すればいいんすよ。
 ヒビヤくんは、一人じゃないんすから」


「え?」


きゅう、熱の伝わる腕には安心していいんだと不思議な気持ちが伝わってくる。
能力でも何でもない、当たり前の言葉と行動。
誰でもできることが、特別なものに感じられて目頭が熱くなる。


「ヒヨリも」


「?」


ここは泣く場面じゃない。
涙をこらえる僕の顔は滑稽だったろうけど、セトさんは屈んで僕と同じ背丈で僕と同じ世界を見ていて。
溢れだした想いが目からじゃなく口からボロボロ出ていく。


「ヒヨリも、一人じゃないよね。
 アヤノさんがいて、アザミさんがいて、寂しくないよね」


カッコ悪い、情けない声。
セトさんは笑ったりせずに、きっとそうっすよ、と言って僕の頭を撫でた。


「ヒヨリちゃんは話を聞く限り猫派だったみたいっすけど、犬も好きっすか?」


「……好きだよ」


一流アサヒナーの僕は答える。
ヒヨリは犬も猫も、好きだったから。
色んな物が、好きだったから。

それなら、とセトさんは微笑んだ。


「俺の友達もあっちにいるんすよ。
 ヒビヤくんにも会わせることができたらよかったんすけどね。
 人懐こくて優しい子だから、きっとヒヨリちゃんとも仲良くなれてるっすよ」


「…………そっか」


ぐず、鼻を鳴らした僕は立ち上がる。
ここでいつまでもくすぶっているわけにもいかないから。
前に進まなければいけないから。
前に。

隣を歩くセトさんを見上げると、その奥の空にあの黒猫が見えた気がした。
セトさん、もう僕、大丈夫みたいだ。
だってもう、あの嘘みたいな日は僕の前からも本当にいなくなったみたいだから。


 八月の子猫はいなくなった

















素敵なお題は「休憩」さんからお借りしました。
意味わかんないことになりましたすみません。

セトさんはメカクシ団のお兄ちゃんポジションだと思ってます、勝手に。
でもセトさんじゃなくモモを出した方がよかったなあと後悔。
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