小説

□もう少し待ってね
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『違うんだよ!かあさんは悪くない、悪いのは全部ボクなんだ!』


『ごめんなさい、ごめんなさい……わた、わたしがぜんぶ、いけないの』


「む、ぅ」


みんなとのお昼寝は好きだけど、うまく寝付けないとこうなるから、嫌なんだ。
特に二人が、悪夢なんかではなく、過去の事実を見ているときは。

知らぬ間に能力が発動してしまっただろうことにため息を一つついて、
お姉ちゃんを起こさないように気を付けながら僕は布団を抜け出した。

見つかったら怒られそうだ、と思いながらも蛇口をひねってじゃーっと水を流す。
ちょんちょん指先でつつくと、あたりまえだけど冷たくってそれは気持ちいい。

熱を持った目を閉じて指先でまぶたをなぞると、すっとみんなの心が遠ざかっていく。

はあ、もう一度ためいきをついてきゅっと蛇口をひねると、
ひたひたという足音が聞こえた。
音を殺すような特徴的な歩き方は、きっと。



「ごめんなさい、お姉ちゃん。起こしちゃった?」


「ううんー、違うよ?ちょっと喉が渇いちゃって」


へへへ、と笑って見せるお姉ちゃんの言葉が本当かどうかは、
もう目が赤くないから分からない。
お姉ちゃんはいつもそうだ。
明るくて、優しくて。あったかくて。


「幸助は、どうしたの?寝付けなかった?」


「…………うん。ちょっと」


頬を人差し指で掻きながら答えると、お姉ちゃんは
心配そうに僕の目を覗き込んでくれる。
さっき能力が発動してしまったこともあり、少し後ろめたくて目を反らした。

ガラスのコップに、お姉ちゃんは僕と同じように蛇口をひねって水を満たしていく。
たぷん、中で揺れる水がひどく幻想的に見えた。


「えへへ、お姉ちゃんは熟睡しちゃってたよー。ごめんね、気づけなくて」


寝起きだからかいつも付けている赤色のマフラーは、彼女の首についていなかった。
照れ笑いするお姉ちゃんに、僕もそんなこといいのにと笑ってみせる。

ぷはっ、全部飲み干したようでコトリとお姉ちゃんはシンクにコップを置いた。


「そうだ、幸助が眠れるようにお姉ちゃんが本でも読んであげようか?」


「ええっ!?い、いいよ!僕、みんな読んじゃってあるし、それに」


逃げ出してしまったことを反省した。
お姉ちゃんは優しくて、こうやって僕の、僕らのお姉ちゃんでいてくれる。
今、困って苦しんでいるのは僕の方じゃなくて2人の方だから。


「あのねお姉ちゃん。キドとカノがね、今とっても悲しんでるんだ」


腕を引っ張って2人の寝ているところまでちょこっと強引に連れて行く。
つぼみと修哉が?お姉ちゃんの瞳に瞬時に不安が走った。


「幸助、つぼみと修哉は悲しんでるんだよね。うーん…………」


どうしようか、とお姉ちゃんは腕を組んで思案する。
どうして2人が悲しんでいるのか、言うか言わまいか迷って僕は曖昧に言葉を紡ぐ。


「その、ね。キドもカノも」


僕の知っている言葉なんて、毎日こんなに人の心を盗んで、
そうならないように本を読んで、そうやって過ごしていたって全然少なくって
適当なものが見当たらない。
どれが正解なのか、2人を傷つけないように助けるものは。


「嫌な夢を、見てるんだ」


お姉ちゃんに嘘をついた。
カノがお母さんを守るために叩かれていたことなんて、
キドが自分は悪い子だって消えちゃいたいって思ってたなんて、
知られたくないだろうから。

お姉ちゃんが知ったら、僕たちのことを色んな大人と同じように遠巻きに見るだけの、
冷たい人になっちゃうのかな。
それだけは嫌だった。

僕らのために頑張ってくれる、僕らだけのお姉ちゃんだから。


「じゃあ」


布団をかぶって寝る2人の、不意にがばりとお姉ちゃんは倒れこむように間に入り込む。
眉間にしわが寄ることなんてお構い無しに、ぎゅうっと腕を広げて抱きしめる。


『かあ、さん?』


『ねえさん…………?』


あ、と気づいたときにはもう遅くって、僕の目はまた2人の心を盗み出している。
聞いちゃいけないのに、見ちゃいけないのに声が。

キドとカノの安心しきった顔を見てお姉ちゃんは優しく笑う。
赤い目の僕は、ぼろぼろ涙を流していて、それをお姉ちゃんはどう思ったことだろう。

だけどただ腕を伸ばして、すやすや気持ちよさそうに寝ている2人を起こさないように
小さな声を僕に向けた。


「幸助もおいで」


広げられた腕の中は温かそうで、僕の望んでたものがあるような気がしたんだ。
でもそこに飛び込むことすら、いいのだろうかと戸惑ってしまう。

誰もいないのは分かっているのにキョロキョロ辺りを見回して、僕はとっても挙動不審。
お姉ちゃんはクスリと笑って、腕を広げたままに待ってくれている。


「…………うんっ」


瞳に残る雫を取ってくれるお姉ちゃんの指。すぐそばにキドもカノもいて、ここはなんてあったかいのだろう。
ここにずっといられたらいいのに。

器用にお姉ちゃんは布団を僕らに優しく、優しく掛けてくれた。
だんだんと目の熱が引いていく。
とろんとした甘くて重い眠気が来て、僕の頭を撫でてくれるお姉ちゃんが
視界にダブって見える。


「ありがとう、お姉ちゃん」


お姉ちゃんのおかげで、僕らはとってもいま、しあわせだよ。
だってみんなの心からは、大好きって気持ちしか流れ込んでこないから。
落ちてくるまぶたに対抗するように、時間が止まればと願った。




 もう少しだけ待ってね




















タイトルは休憩様から。
うわあ……ぐっだぐだ。

キドとセトはアヤノをかなりリスペクトしていそう、って偏見(面倒見いいってだけですが)。
カノも尊敬してはいるけど、カノはリスペクトはしてないと思う。
しょうがないお姉ちゃんだなあもう、みたいな。
誰目線なのカノ。

アヤノがキドカノセトを名前呼びしてたら私は死ねる。
公式で早くアヤノさん出ないですか……!?

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