小説

□震える声を焼き付けた
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(カノキド?)





その日のアイツは、らしくなかった。


「ねえキド」


へらりといつもと同じ欺いてばかりの薄っぺらい笑みを俺に向けて、カノはニヤニヤしながら口を開く。
しかしその声があんまりにも寂しげだから、開いていなくても彼の目の色が分かった。
そうでなくてもほとんどいつも、同じ赤を灯しているのだけれど。


「何だ?」


「キドはさ、僕がどうしてこの世界で生かされているんだと思う?」


「…………は?」


何を言っているんだ、この馬鹿は。
またお得意の、お気楽そうな脈絡のない戯言なのだろう。
気分がひどく害された。

ムッとしながら背を向けて、止めていた作業を再開させる。
家事というものに終わりなど無いのだ。
しかし彼は気にした様子もなく続ける。


「僕は、僕が生かされている意味が分からないんだ。正直、ほとほと困っちゃっていてさあ」


軽薄そうにけらけら笑いながらの言葉にしては、重い調子だった。
かちゃかちゃ、食器が生活音を奏でる。
だってそうじゃない?首をかしげて彼は言ってみせた。

そこで俺はようやっと、こいつも今はセンチメンタルな気分になってしまっていて、
だからこんな話をしだしたのかもしれないと思った。
出していた水を止め、手を拭いてからエプロンを着たままソファの、
カノの真向かいに腰を下ろす。


「僕は欺くことしかできないのに、欺くことさえ満足にできない。
 上手く立ち回れないし、円滑に物事を進めることもできない」


目の赤がよりいっそう強く輝いた。
能力が過ぎるほどに使われている証。
自らの醜態を隠そうとする姿。

ああまたか、と思った。
カノはこのように時々、本当に時々、心が弱くなってしまう。
過去の、目の能力を手にいれた頃の記憶を思い出してしまう。
昔のことを水に流せずに。


「僕は…………僕なんか、いらない?」


「そんなこと、ない」


立ち上がって横に座ると、カノは予想していなかったようでその血色の瞳を大きく際立たせた。
そこに写る自分の姿に、お姉ちゃんの影が見えた気がして少しだけ勇気が出る。
お姉ちゃん、私もみんなを励ます優しい団長になってみせるから。
深呼吸をしてから、カノに体ごと向き直る。


「カノがいなかったら、俺は誰に見つけてもらえるんだよ。
 お前だけだろ?私をすぐに、見つけられるのは」
「買い被り過ぎだよ。それに、キドを見つけることくらいなら僕じゃなくたってできる。
 今ならほら、もうキサラギちゃんにだってできるだろうし。
 それに忘れちゃダメだよ?セトだって簡単にキドを見つけ出せる」


絞り出した言葉なのに、カノはいとも簡単にするりするりと交わしていく。
逃げて、行ってしまう。
私を置いて。

ぐっと詰まる私を、能力を使っているのに冷めきった目をしたカノが嘲笑する。
悔しい気持ちを上回るこの気持ちはよく分かりはしないけれど、
ガリッと噛んでしまったくちびるを、湿らせてから再び開く。


「分かれバカ」


カノはいつだって道化を演じている。
そうだけれど、今だけはそうでなくともバカだ。
言い切る私に、ムッとした風にカノは口を尖らせる。


「何が」


「お前が見つけ出せ。…………お前に、見つけられたいんだよ」


遠回しな表現かもしれなかった。
言いたいことが、伝わっていないとも限らなかった。
弱い部分を、見られたくないところを、カノになら見られても構わない。
そんな気持ちを込めてのせりふ。

言ってから気恥ずかしくなって、合わせていた視線を不自然に外し宙をさ迷わせてしまう。
ぷっ、カノが不意に吹き出した。


「っ……!? 笑うか?普通」


「違うよ、違うんだって。だから拳を振り上げないで」


笑いをこらえながらも青ざめた顔で言われてしまえば渋々、従わざるを得ない。
で、どうしてお前は笑い出したんだ。
高圧的な言い方になってしまったが、尋ねるとカノはいつものようにへらりと、笑った。


「あんまり言わないじゃないか、そういうこと。
 真顔で言い切ったのに恥ずかしがっちゃって可愛いなあ、って。
 キドお願いだからまた上げたその拳、それ以上振り上げないで?ね?
 え、お願いだから」


後半は間違うことなくいつも通りのやり取り。
立ち直りが早いなと毎度のことながら少しだけあきれて、握った手を緩めひらひら振った。


「言わなくても分かってると思ってたものだからな。
 いつでもお前は、何でも知った風に振る舞うものだから」


「あはは、そいつは上々。僕の願い通りだ」


どういう意味だ、いぶかしく思い目だけで彼を見ると、常時寸分たがわぬ笑顔が俺を見た。
その瞳に、俺はいない。


 震える声を焼き付けた


 (声だけしか彼の本心は、漏れ出さないのだから)




















タイトルは休憩様よりお借りしました!
何故かカノさんが最近私の中で出張ります。
そんな頑張らなくていいよカノ……。

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