小説

□きっと君の知らない朝
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(シンタローと貴音)

※それとなくシン→アヤ










あっ、と声を掛けられた時には既に遅しと言う他ない有り様になっていた。
ただでさえ気の合わない先輩と同じ道を歩いていることで立っていた気が殊更煮え立つ。

何だよ「あっ」って。
気付いたんならもっと早くに声を掛けろっつーの。

そもそもコイツは俺にそんな、気の利いたことは言わないだろうが。
それともだからこそ生まれたその俊巡が、この結果をもたらしたのだろうか。
悩んで、それでも声を掛けたんだ。
この人は。


「…………」


と、まあ無駄に回る思考回路で状況理解や推察ができたはいいが、この、
文字通りに汚れちまった哀しみをどうにかできるかといえばできそうもなかった。
そんなことは不可能だ。

泥水と化した水溜まりから足を引き抜けば、ぼだぼだと茶色な雫がアスファルトを濡らしていく。
どうしてくれるんだ学校指定のローファーって水洗い厳禁じゃなかったか。

縁に溜まる様は、どうがんばっても茶がこびりつく未来を指し示していた。
そんな予測したくない。



「やっぱ気付いてなかったかー……」


先輩はといえば、不機嫌そうな万年寝不足らしい目に今日も今日とておぞましいまでの隈を作ったまま、俺の靴を睨んでいる。
正確には本人いわく、目付きが悪いのは生まれつきで普通に見ているだけだとのこと。
社会に出たら、今でさえこれなのだから大変だろうなあと思う。
他人事だが。


「ま、そんなこともあるって。元気出せ少年」


「んだよ、先輩がもっと早くに言ってさえいれば回避できたんだぞ」


「はあ?本なんか読みながら歩いてるアンタが悪いんでしょ」


この人とまともに話をしようとしてはいけない、頭に来る。
期末試験まであと数日、教科書を読まないで学校に行ったりしないこの先輩の方がどう考えてもおかしいだろう。
周りを歩く他の生徒も俺と同じようにしていた。
同じ事件が発生するのが目に見えてる。

もっとも俺の場合、この教科書もとい指南書は信じられない学力のアヤノに何とかして理解させるため、
どのような表現を多用すべきなのかが参考になればと読んでいたのだが。

今回アヤノが取る赤点の数は、一体いくつになることだろう。
一生懸命勉強して過去最低点をザラに取るアヤノだ、見ていて不憫なのでせめて進級はさせてやりたいと思う。


「ま、精々これからは足元にも気を配りながら歩くことね」


ふん、鼻を鳴らして不機嫌そうに首もとにやっていたヘッドフォンを装着すると早足で先に行ってしまう。
全く、自分勝手な先輩だ。
しかしいかんせん、言い残した言葉が正論だからいけない。

がしがし頭を掻くと、どうにもならない気持ちが少しは収まるようなそんな気がした。


「言われなくたって、分かってるっつーの……!」


べたべたの左足が気持ち悪い。
靴下は詰んでるし諦めるとして、上靴にまで染みなきゃいいけどな。

はあ、溜め息ひとつついて本を広げ俺はまた歩き出す。
きっとまた、忘れた頃に水溜まりに片足を突っ込んでしまうのだろうなと思いながら。

その頃には、アヤノの学力がどうにかなればいいのだけれど。

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