小説

□水中から見た景色
1ページ/1ページ




(セトとモモとマリー)



ごぽり、空気の泡がごぽごぽ大小様々に、形もまばらに上へ上へと上がっていく。
ひどく美しいその光景は、太陽と水の絶妙なコントラスト。

泳ぐことは得意だった。
得意だった、はずなのに。

思うように動かない手足にフラストレーションが溜まっていく一方で、やっぱりかと思った。
あの頃から入っていなかった水は、やっぱり私の敵だった。

水面の向こうでゆらゆら、白色と緑色が揺れるのが見える。
きっとマリーちゃんと、俺は入らないっすからねと言いながらも付き添いで付いてきてくれたセトさんだ。

プールくらい普通に入りたかった。
せっかく目をコントロールできるようになって、マリーちゃんに誘われたのに。
外に出ることを兄のように……というとマリーちゃんに失礼だけど……嫌う彼女からのお誘いだ。
蹴るなんて言語両断。
ふたつ返事で了承して、だけど、そうなのだけど。


(なんでなのか、なあ)


ごぽり、口から大きな気泡が出ていってしまった。
どうして。

誰にも、溺れたことを言ったことはなかった。
海難事故、私のせいでお父さんがいなくなった日。

隠すつもりもなかった。
だってメカクシ団のみんなは暖かくて、優しくて。
そもそも私も、詳しくは覚えていないのが原因だったようにも思える。

水越しに、セトさんのレモン色の目を見た。
キレイな瞳は曇っていて、どうしてだか理由は分からない。
悲しそうな色をにじませているのは、私がこんなになっているからなのだろうか。
だとしたら申し訳ないけど。

泳いだことがないの、と恥ずかしそうに言っていたマリーちゃんは浮き輪に掴まっている。
私は、こんな浅い所で溺れていて。

情けないけど頼るしかない。
タスケテ、残量の少ない空気で呟いて手を伸ばすと、セトさんの目が赤く染まっているような気が、した。





いつまでも浮かび上がってこないからか、マリーが心配そうに水面へと、モモちゃん?とこぼす。
刹那、脳裏をよぎる友達とのお別れ。
悲しくて辛くて、嫌になっちゃうような日々の始まり。

そんなこともう、ないはずなのに俺はどうしようもなくなってしまう。
ツナギを引っ張るマリーの手の力が、一段と強くなった。

そうだ、怖がってばかりじゃダメなんだ。
俺はもうあの頃とは違っていて、大きくなったのだから。
成長したのだから。
だから。

深呼吸をして、ざばんとしゃがみこんだ。
潜った水の中は濁流に呑まれたあのときとは、当たり前だけれど全然違っていて。
クリアな視界の前にたゆたう明るい髪色に手を伸ばせば、彼女はぼんやりと
遠くを見つめるだけでどこを見ているか分からない。

まどろっこしくなって手首を掴むと、大袈裟なまでに体を強張らせた。
とたん、もがき苦しむ様に空気をこぼしてじたばたと力無く手足を動かした。
その目は赤く染まり始めていて。


(もしかして、如月さんも溺れたことが)


じわり、瞳に熱を感じた。
触発されたようになだれ込んでくる相手の心は、苦しくて辛くて。
水面までのたった少しが、遠くてもどかしい。

足をついてそのまま立ち上がるとようやく如月さんを水の中から連れ出せた。
お帰り、元の輝く世界へ。

大丈夫かと気遣うマリーの声が聞こえているのかいないのか、どこか虚ろな目をした彼女は水面を見詰めていた。
何事かと駆け付けてきた係員にそれとなくぼかした事情を説明して、楽しめる気もしないのでプールを出た。

二人とも楽しみにしながら一緒にここまで来ていたから、ことさら寂しく感じた。
誰も悪くはないのだけれど。







お水飲む?と問い掛けたけれど、モモちゃんは力なく首を振るだけだった。
プールから出るには水着から着替えなくちゃいけないわけで、
そのためには私がしっかりしなきゃいけないわけで。

セトに来てもらうわけにもいかないし、頑張る!

意気込んだはいいけれど、どうしたものだろう。
ベンチに座るモモちゃんは相変わらずどこかを見ているばかりで、何も見えていない。
ぽたり、水滴が髪からしたたった。

拭かなきゃ、クーラーの効いた室内では風邪をひいてしまうかもしれない。
大人気のアイドルに風邪を引かせるわけにもいかない!
義務感に駆られ、施錠を解いてバッグからタオルを出してゴシゴシ、拭く。
キドが洗ってくれたふわふわのタオルは、畳んだのも数日は前のことだろうにお日様のにおいがした。

うわっ!
驚いた声がして、顔を覗き込めばモモちゃんのオレンジの瞳は私だけを映している。
よかった、いつものモモちゃんだ。
そのまま、ぽつりとモモちゃんはつぶやいた。
ごめんね、マリーちゃん。

私が返せないでいると、モモちゃんは眉毛をより下げて笑う。
私、泳げなくなっちゃってたみたい。
悲しい笑顔だった。

情けないね、なんて言うけど、そんなことないのに。
どうにかして、こんな顔にはもうさせたくなくてモモちゃんに抱き付いた。
私の考えていることがちょっとでも、伝わればいいなって思いながら。



あのね、モモちゃん。
だったら、私と一緒にみんなに習おうよ。
そうだ、嫌がるかもしれないけどセトも一緒に。
一緒なら、怖くないよ。

きっと、前みたいに泳げるよ。



水中から見た景色











セトさんとモモってあんまり話したことないですよね。
二人とも好きなので、もっと二人とも話せばいいよ!と思いながら書きました。

だのに、何を思ったか「」を使わずに書いてみよう、なんて思い立ったせいで会話ほぼ無いですね!
自分アホすぎる。

セトとモモは「溺れて死んだ」ことが共通しているので、きっと泳げなくなっていると思う。
マリーはまずプール行ったことないだろうし。

泳げない三人に泳ぎを教える話が見たいです(他力本願)。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ