小説
□君が為に言を接ぐ
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(ヒビモモ)
彼女は泣いていた。
苦しさにあえぎながら涙をこぼしていた。
ごしごしと、あんまりにも強く擦るものだから目元は真っ赤になってしまっている。
そんな彼女を、僕は見ていることしかできないでいた。
「…………何で泣いてるの」
やっとのことで言い出せた言葉なのに、無愛想でそっけなくて、心ないものしか出せなかった。
そんなつもりじゃなかったのに。
抑揚のない僕の声にピクリ、反応したモモはゆっくりと顔を上げた。
心底驚いたように、本当はもっと泣きたいと言うように、
泣き顔なんて見せたくないように顔をくしゃりと歪める。
すぐに涙を拭い、モモは見ているこっちが泣きたくなるような、そんな悲しい笑顔を
いつもはつらつとした表情を浮かべる顔の上に乗せた。
「泣いてなんか、ないよ」
「嘘。そんな顔しておいてよくそんなこと言えるね」
「……ひどいなあ、ヒビヤくんは。分かってるなら聞かなくたっていいのに」
へらり、薄っぺらい笑顔はする価値なんかなかったけれど、それでもモモは律儀に僕に笑いかける。
馬鹿みたいだと思った。
彼女を卑下するつもりはないが、こんな顔をすることが律儀のように感じられる世の中に
無性にやるせない気持ちにさせられる。
「あのね。思い、出したの」
てっきり話してくれないかと思ったから、隣に腰掛けた僕は、へ?なんて声をあげてしまう。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらもモモはしっかりと明確に、話した。
気丈に振る舞われるけれど、泣いていたのにと、どうしてもいたたまれなくなる。
意地悪しないで素直にモモの言葉を反復すると肯定するように、彼女は小さくひとつうなずいた。
「私ずっと、お兄ちゃんに嫉妬してた。だってみんなの視線をぜんぶお兄ちゃんは独り占め。羨ましかったんだ」
ぽつり、言葉と雫が落下する。
だってずるいじゃん、お兄ちゃんばっかりなんて。
その気持ちは永久に僕には分からないものだ。
お兄ちゃんだなんて、頼りになりそうで憧れる。
想像することしかできないその嫉妬は、だけど何だか分かりそうな気もした。
自分と近しい、自分よりもできのいい存在がもしもいたとしたら。
両膝を抱いて、へらりとモモはまた笑った。
えへへ、バカでしょ。
そんなことないと言い切れないのももどかしい。
だけど僕の言葉じゃこの場は取り繕えても、しのぐことしかできない中身の無いものにしかならないから。
何も言えない。
「けどね、泳ぐのだけは得意だったから。お父さんが私一人だけのために海に連れていってくれてね」
嬉しかったの。
彼女の顔から笑顔が消える。
がらんどうのようにも見える瞳から、つーっとしずくが流れた。
悲しくて、寂しくて、綺麗だ。
「私のせいなんだ」
「……違うよ。モモは悪くなんかない」
久々に、おばさん、とではなくモモと呼んだ。
そのことにモモは驚いたようだったけれど、すぐに無表情に笑った。
違うことなんかないよ。
「私はお父さんをあっちに置いてきて、しかもみんなの目を強制的に『奪』って興味を引いて」
最悪だ。最悪だ、私。
私が死ねばよかったのに。
否定的な負の言葉は、口に出す本人の心を誰よりも何よりも大きく、えぐった。
そんなに取ってしまえば無くなってしまうやもしれないのに、ごっそりと。
「そんなこともう、言うな。だったら、そんなにも死にたいなら、僕のために生きてよ。
モモの辛いことも悲しいことも、僕の頼みで生きるモモのせいじゃない。僕のせいになるから」
口走ったことが重いことくらい、分かった。
分かったけれど僕には、このくらいのことしか言えなくて。
思い付くまま、隣の彼女に想いをぶつけた。
死ねばよかっただなんて言わないで、頼むから。
「優しいね。ヒビヤくんは、優しいね」
涙は桃色のパーカーに染みていく。
きっとそれは、海水のようにしょっぱいんだろう。
僕の頭をくしゃりとかき混ぜて、モモは笑いかけた。
義務的な律儀なそれではなく、人間臭くて頼りない、儚いものだった。
僕はそれを、
君が為に言を接ぐ
(誰か、じゃなく僕が、守りたいと思ったんだ)
ヒビヤに「何で泣いてるの」と「3331」みたいに言わせたかっただけ。
全然違いますが。
ライフワズ、ビューティフル。
こんな重い話になるとは思わなかった。