小説

□瞬間の挑戦者
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(桜井と桃井)



ばしゅっ、小気味のいい音がしてボールは吸い込まれるようにネットを揺らした。
ハッ、ハッ、ハッ。
詰めていた息を分散して吐いて、深呼吸へと変換させる。
ふう、止めどなく動いていた働き者の心臓が通常勤務にやっと戻った。お疲れさま。


「んー、と。桜井くん、今ちょっといいかな?」


コロコロ足元に転がって帰ってくるボールを拾い、ダムダムと二三度ついた所で桃井サンに声をかけられた。
集中していたせいだろうか、彼女は足音を忍ばせていたわけでもないだろうに全く気づかなかった。
反応が遅れる、それに、ボクは何よりも驚いてしまって肩を大袈裟に震わせてしまう。
どうしよう、そんなつもりなかったのに、桃井サンにどれほど失礼なことをしてしまっていることか……!


「はいッ!へ、返事が遅れてしまって本当にスミマセン!」


「気にしてないし、全然いいよー。話っていうのはね、シュートというか、桜井くんの癖についての話をしたいんだ」


「ボクの癖、ですか?」


シュートというと今の練習を見ていて、気づいたことがあったのだろうか。
それとも、前の試合で?
ボクのシュートといえば、レギュラーになれたのもこれのお陰といっても過言ではない、クイックリリース。
誰よりも早く、早く、速さを追い求めたスリーポイントシュート。

思い当たることは、首をかしげて考えてみる。
けれど特に思い付くことはない。
気づいたらすぐに改善しているつもりだし、昨日よりも精度が上がっていると、……ボクはそう思いたい。
フォームだって角度だってタイミングだって、何度も練習している。
直し続けたあのシュートの、どこに癖が。


「ふふふ、いやその、悪いことじゃないと思うよ?でもね、見ていていつも苦しそうだから」


首をかしげて腕に抱えるボールに視線を固定してしまったボクを見て、桃井サンはふわりと笑った。
相変わらずだけれど可愛くて、そんな風に笑われるとボクだって男だし、恥ずかしくなる。

しかし、苦しそう。
口の中で繰り返して―――ハッとした。
顔を上げれば、優しく笑っている桃井サン。


「気付いたみたいだね。うん、そうなの。桜井くんのシュートを打つときの、癖」


「自分じゃぜんぜん……無意識でした。スミマセン」


どうしたって、一点に集中し狙うというのは神経を研ぎ澄まさせる行為だから。
思わずいつも、してしまう。
ボクはシュートを打つときには、いつも息を殺している。


「もしかするとインターハイの時みたいに、青峰くんだって欠場しなくてはならないことがあるかもしれない。
桜井くん主体に攻めることもあるかもしれない。そのたびにシュートするため息を止めてちゃ、もたないよ?」


「う、うう。はい。スミマセン桃井サン、ご指摘していただいてしまって」


謝らなくていいよ、息を止めたらダメなんてルールはないし。
桃井サンはそう付け足しヒラヒラ手を振って、行ってしまった。
他の部員のフォームなんかも見ているのかもしれない。

深呼吸を、してみた。
息をしながらスリーなんて、どうやってやるんだっけ。
いつからボクはこんな風に打つようになったのかな。

見上げたゴールは頭上にある。
遠く、でも手を延ばせば届きそうな気がしてしまう、高さ。
よく狙って、膝を曲げる。

いけ!
手のひらで押し出したボールが弧を描いた。
ひゅっ、と息を詰める自分の喉。
あああ、やっぱりシュートは入っても息を止めてしまう。
むつかしいものだなあ、でこぼこしたボールの表面が冷たくて気持ちいい。

ボクの知る限り一番バスケの上手い人に聞いてみようか。
うあ、でもそうすると青峰サンに聞いてみることになってしまう。
何よりも先に、申し訳なさが先行した。
でもボクは、得意なのはクイックリリースただひとつ。
それが頼みの、唯一だから。


「萎縮してばっかりじゃダメなんだ、明日、聞いてみよう!」


だったらお弁当は青峰サンの好きなチーズ入りハンバーグなんかを入れようかな。
なんて、早速保険をかけてしまっている辺り、ボクはダメなんだろうけど。
即断即決できるようになりたい、後悔しない自信がないけれど。
ぽーん、と放り投げたボールはゴールの下を通って落ちた。
フォームレスになんて、やっぱりボクにはできっこなさそうです、青峰サン。


 瞬間の挑戦者










本当は青峰も交えて桐皇一年ズで書いてみたかったのに出せなかった。
それにしても意味不明……。

桜井ならば息を止めてシュートを打っていても不思議じゃない、というだけの話。
でも打ちながら「スミマセン!」と言ったりしているしそんなことなさそうだけれども。
細かいことは気にしたら負け。

不自然じゃない程度に実は仲のいい桐皇が見たいです。

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