小説
□彼なりの×彼女なりの
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(グリブル)
ねえ知ってる?とふざけて言うと、あきれられてしまうのだけれど、
必ず振り向いてくれる彼のことが、ずっとずっと好きだった。
『……またお前か』
「あらグリーン、元気?
マサラが生んだ今世紀最大の美女☆ブルーちゃんが来てあげたわよ」
恩着せがましく訪れる何度目かのトキワジム。
相変わらず頑なな彼は、挑戦者ではない私をジムに入れてはくれないのでインターホンで用件を告げた。
いつもならばジムトレーナーが応答するのに珍しい。
いや、このジム最後の砦とトレーナーの間では恐れられているらしいし、もしかするとジムリーダーも暇なのかもしれないが。
はあ、溜め息がインターホン越しに聞こえた。
少し、調子に乗りすぎた発言をしてしまっただろうかと不安になる。
けれど、そんなのは今さらだから心配したって仕方ないか。
なるようになるわよね、きっと。
期待を込めてカメラ越しの彼を見詰めると、しぶしぶといった風に彼は『すぐに行くから待っていろ』とぶっきらぼうに言った。
ジムの前で立ち話というのも何なので近所のファミレスに寄る。
本来ならばグリーンはトキワのジムリーダー様々なわけだしファミレスなんてご法度かもしれない。
それは私に全面的に非がある。
悲しいかな、一般トレーナーである私はファミレスくらいしか行くことのできる店が無かったのだ。
懐のわびしいさをひしひし感じながら飲むドリンクバーはなかなかに堪える。
喉にいちいち引っ掛かるような気がしてしまうのだ。
「で、何の用だ」
「ん?用なんてないわよ?」
「…………お前は暇そうでいいな……」
どうやらグリーンは忙しいらしい、ジムリーダーの仕事なんてバトル以外に何があるのだか。
掃除だってジムトレーナーがやるのだし、することなんて無さそうなものだけれど。
「もしかして来ちゃ、まずかった?」
首をかしげて上目遣いに見てやれば、カアッと染まる頬。
ホホホ、男の子って本当に単純ね。
不器用に取り繕い出すから、それはそれで面白いけれど口をつぐんでくちびるを湿らせた。
次の言葉を放つ。
「それとも用がなきゃ会いに来ちゃダメだって、グリーンは言うのかしら?」
「っ……!」
わずかに眉を寄せる彼を確認してから、なんてね嘘よ、と笑う。
さすが私、綺麗に嘘とまとめました。
これが嘘だって、きっとずっと誰も分からない。
「そうだグリーン、ねえ知ってる?」
「何を、だ」
気まずそうに切り出すと急に真剣な顔になって聞いてくれる。
選んでいただろうにメニューからわざわざ顔をあげて、だ。
それが何だか嬉しくって他愛ない話だけれど真面目に話し出す。
「最近マサラに帰った?
グリーンはトキワにアパート借りてるからなかなか帰らないから知らないだろうけど」
ここで一区切り。
ん、飲み込むミルクティーの甘味が程よくて好き。さっきとは打って変わって美味しく飲めた。
グリーンはというと、まだ真剣な顔。
そんなにも深刻な話じゃないから構えなくていいのに。
「マサラにグリーンのことが好きな子がいるのよ」
ずばり、結論を言うと途端に彼は何言ってるんだコイツと言わんばかりに、剣呑な目をしてメニューに視線を落とす。
あらら、分かりやすいことで。
ポーカーフェイスなカントー最強のジムリーダーはどこに行ったのかしらね。
「さっすが色男、この手の話は慣れてますってカンジ?いやあモテるのも大変ね」
「五月蝿いぞ」
これ以上は怒られそうなので、じゃあこれは知ってる?と首を傾げてみせる。
相変わらず怖い目のままだったけれど、彼は律儀に顔を上げた。
「ここはこのパフェがイチオシなのよ♪」
「知るか」
冷たい返答だった。
ひどい、せっかく教えてあげたのに。
あわよくばおごってもらおうと思っていたのに。
オススメはサンドイッチ、と言うとその言葉に促進効果があったのかは定かではないが
彼は、ドリンクバーとサンドイッチをオーダーした。
コーヒーでも取ってくるのか注文を終えると立ち上がる。
しかし去り際に、そうだ、と振り返った。
「最初のマサラの話だが、その話なら知っているぞ」
「えっ」
予想だにしない言葉に私は対処できない。
その話は、だって。
顔に血が昇るのを感じた。
「お前は昔から分かりやすいからな」
くしゃり、せっかく整えてきた髪を乱された。
バカじゃないの、でもそんなことも返せなくて、私は小さな声で言った。
「あんただって、かなり分かりやすいわよ」
下らない私の話をいつも聞いてくれる所とか、ね。
彼なりの×彼女なりの
両片想いなグリブルの恋が実る話……にしたかった。
今までは「知ってるか?こいつら、これで付き合ってないんだぜ」な関係だったと思われる。
甘くしたかったのだけれど、甘い、の、か……?