小説

□すき、だいすき、ふたり、
1ページ/1ページ




(ルサ)


あのね。
そう切り出すと彼はいつだって何をしていたって手を止めて、なあにサファイア、と優しく笑ってくれるんだ。
それがくすぐったくて嬉しくて、いつまでもそうやって返してほしくて、私は何度も「あのね、」と話しかけてしまう。

その日もそうだった。
夏めいてきた春の日のことで、私はすでに早々と衣替えを済ませてしまっていて、梅雨もまだなのに半袖半ズボンだった。


「あのね、ルビー」


「なあにサファイア。どうしたの?」


彼は丁度、裁縫をしていた。
普段は掛けない眼鏡をつけた姿はカッコよくて、まあいつもカッコいいんだけど、ガラス越しに見つめられてとくんと心臓が一回余分に跳ねる。
彼の綺麗な紅の瞳は微妙な光の加減で明るく暗く、幾多にも色を変える。
その様子は不思議で、宝石が埋め込まれているかのようだ。
名前と同じ、ルビー、みたいな。
呼び掛けておきながら何も言わない私に、彼はあきれたように鼻から息を吐き出した。


「もう、何にもないならそんなに呼び止めないでって言ってるじゃないか」


「……ごめん。けど、別にルビーにとっていかんことがあるわけでもなか。
あたしが呼びたいと思った時くらい、呼ばせてくれたって」


言葉を中途半端にぷつりと、途切れさせてしまった。
私がルビーを呼ぶことが好きだということは、もうだいぶん前にバレてしまっていた。
だから今さら恥ずかしがることもないのかもしれないけれど、でも何度言ったって恥ずかしさは消えない。
にや、と彼は手に持っていた物を横にはけさせ、私との話に本腰を入れたようだ。


「へえ、サファイアは僕に構ってほしいんだ?」


「そんなわけなか!」


どうしてそうなるのだろう。
彼は頭がよくて、私が何も言わなくても色々分かってくれるのにこういう時はサッパリだから困る。
何よりも、本当は分かっているのにいじわるしてきているかもしれない可能性が捨てきれないのが困る。


「要はサファイア、呼びたい時に呼んでたんでしょう?
五分と経たず僕を呼ぶんだから、構ってほしいのかなあと思ったって仕方ないじゃないか」


「ちが!あたしはルビーの言い方が、目が、」


「ああ、そっか」


猫のように目を細めて、彼は私を値踏みするように見る。
ぞくりと背中が泡立って、だけれど視線を外すことはできない。
そんなことをしたら何だか、負けのような気がしてしまうから。


「サファイアは僕を呼ぶことが好きだもんね」


「〜〜〜〜!そげんこと、言わんといてほしかっ!」


当たっているから、そんな風に打って変わってイタズラが成功したみたいに無邪気に笑わないで。
恥ずかしくって、頬に昇った血がなかなか引かなさそうだから。
彼はクスクス笑って、ごめんごめんと軽く謝る。
誠意が全く感じられない。


「ごめんってば。そんなにふて腐れないでよ、ほらサファイア、笑って?」


そんなことを言われたって笑えるはずがない。
むくれた顔のままムスッとしていると彼はため息をついた。
重くない息を短くつく。


「言ってなかったけど、じゃあ、これを教えてあげるから機嫌なおして?」


そんなにとっておきの情報があるのか。
もったいぶる言い方に眉が寄りそうになったが、一応は聞こう。
耳を傾けると彼は少しだけ言いづらそうに間を開けた。


「……何の用も無いのに僕を何回も呼ぶサファイアのこと、僕も、かわいくって好きだよ。
僕の名前しか知らないみたいに何度だって『あのね、ルビー。ルビー』なんて言ってくれるのは、嬉しいし」


「っあ、」


顔から火が出るかと思った。
どうしてそんなこと、言う、の。
ルビーだって恥ずかしいんでしょう、なら、言わなきゃいいのに。

ずるい、ルビーはずるい。
カッコよくて強くて美しくて、私にとって困ることばっかりする。
これがずるくなくて何がずるいの。
ね、機嫌なおった?なんて顔を覗き込んでくるから、彼の顔は目一杯遠ざけられるように腕でガードしながら、私は叫んだ。


「ばか!私はルビーが見るだけでこんなにも嬉しいか!
あんたなんかよりもよっぽど、あたしの方が好いとるけん、そんな恥ずかしい話ばっかしないでほしか!」


へらへら笑っていた彼の表情が、固まった。
ぼぼぼ、と唐突に赤く染まるから分からない。
首をかしげると、ホントもうサファイアってたちが悪い……なんて目も合わせてくれないでつぶやかれた。
なんのことやら分からないが、彼も照れているらしい。


「あのね、ルビー」


「うん?今度はなんだい?」


「だいすき!」


僕もだよ、優しく笑った彼は美しく笑って、口をつぐむ。
だいすき。
大切に、大事に言い直された言葉は私のよりも重い気がして、二人とも同じ言葉を言ったのに不思議だ。
私の気持ちがギュッと詰まった言葉は彼のように丁寧に扱った方が、思いはより伝わるのだろうか。
最後に口の中でつぶやいて、私は彼に笑いかけた。
うーん、もう一回だけなら彼を呼んでもいいかな?

 すき、だいすき、ふたり、
















お題は休憩から。
バカップルっぽく書こうと思いましたがどうなんでしょう。
ありきたりですみません……。

全然関係ないですがルビサファのリメイク記念に書きました。
本当におめでとう!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ