小説
□君と二人で喧嘩したい
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(シンタローと貴音)
※貴音がエネから元の体になってます。遥←貴、シン→アヤ前提です。
メカクシ団、なんてものの団員になったけれども、だからどうしたというのだろう。
紆余曲折あって、案外妹思いだったらしい俺はその団でそこそこ活動をし、カゲロウデイズと命名された不可思議な事件を解明すべく日々アジトに出向いていたわけだが。
カーテンを閉めきった暗い部屋の中、煌々と画面の青色のディスプレイが光る。
そこに見慣れてしまったあいつの姿はもうない―――いや、もう考えるのはよそう。
あいつがあの人だなんて未だに俺は自分の中で納得できていない。
だってエネだぞ?あのエネだぞ?
あいつが、榎本先輩だと?
一体何の冗談なのか。
右下に表示された日付は八月二十日。
俺たちが導きだした、カゲロウデイズが開くとされる日は十五日だった。
攻略しようにもできないのだ、そうなれば。
「こっのクソ暑いのに出歩くとか馬鹿だろ」
元の生活を繰り返す他ない。
八月十五日になれば、カゲロウデイズに入ることができれば、あいつと、アヤノとまた会うことができるのかもしれない。
助け出し、また一緒に話をすることができるかもしれない。
それはどうしようもなく俺の心を揺すぶった。
当たり前だろ、ずっとそうなればと願っていたのだから。
実現するなど、あり得ないことかもしれないのに期待してしまって。
ヘッドフォンをして目を閉じれば、耳に残る夏のあの日の彼女の声がよみがえった。
シンタロー、あのね、あのね。
楽しそうな彼女を無音の世界に思い出してニヤけそうになる。
あいつが戻ってきたら、前と変わってしまったことに胸を痛ませるだろう。
きっとキドもカノもセトも、アヤノから見れば大きく変わっているだろうから。
それこそ榎本先輩も、発端である楯山先生も。
俺は、俺だけは変わってない。
あの頃から変わるまいと抗い続けてきたから、逆らい続けてきたから。
な、だから、安心しろよ。
俺もお前と同じだから。
アヤノ、とその名を呼ぼうとした時だった。
何の前触れもなしにヘッドフォンが乱雑に首に落ちる。
次いで、勢いよく回される椅子。
ぐらりと体が傾いて、声をあげる間もなく、しかし体は支えられた。
少しだけ顔をあげれば瞳に映ったのは、そこにいたのはいるはずもない、来たこともないはずのいつも不機嫌な先輩の顔で。
仁王立ちした彼女は面倒そうに腕を組んだ。
「何してんの、こんな暗いところで」
エネとは比べようもないほど低い、地を這うような声色。
ついでにテンションも。
以前のように、またゲームでもやったのかひどい隈を作っている。
「…………別に。あんたには関係ないだろ」
こんなやりとりを在学中もしたような、そんな気がした。
カチンときたようで一層増した睨みを先輩はきかせてくる。
何その言い方、と声には出さずくちびるだけでまずそう告げた。
が、何故か次の瞬間には楽しそうに口角を上げる。
嫌な予感と下らない予感しかしない。
「まさか、そんなにエネちゃんがいなくて寂しいの?『大丈夫ですか〜ご主人』とでも言ってほしいわけ?」
ノリノリで言ってきやがった、姿こそ違うものの声も口調もテンションも同一のそれにちょっとめまいがする。
んなわけあるか、ぞんざいに返し座ったまま背を向けようとするが、彼女に目敏く阻まれた。
「都合悪くなると逃げるの、いい加減にしろよ。
エネの時に何回もはぐらかされてなあなあにされたの、ちゃんと覚えてるからね」
できれば忘れていただきたい情報だった。
その腕をどけてほしい。
「逃げてねーし。それより先輩、何で一人なんすか」
「は?私が誰を連れてくるとでも?」
話題変更に先輩は眉間のしわを濃くしたものの、何も言わなかった。
変わりに自嘲の色が強い返答。
コノハはあり得ないにしてもキドやモモ、それにカノくらいなら一緒に来たっておかしくないだろ。
一応、男の部屋なんですけど、と付け足すとあきれたように「その男の部屋に何年か私は暮らしてたんだけど」なんて
機嫌が心底悪そうに。いや、最初から機嫌は最高に悪いけどな、この人。
「まあいいや。言いたいことはそれだけ?早く行くよ」
「は!?どこに」
「決まってんじゃん、あんたの仲間の所だよ」
真顔で返されるも、はて、この人はこんな人だったろうか。
嫌だ、行きたくないと首を振ればぱしん、とかったるそうに手を振るう。
頬に遅ればせながら衝撃。
「痛いな、何すんだよ!」
「はっ、ざまあないな。あんたがそんなんでアヤノちゃんが喜ぶとでも?
ただでさえコミュ症ヒキニートのあんたがアヤノちゃんを連れ戻せるの?」
それとこれとは関係ないだろ。
ほっといてくれよ、もう。
視線をそらせばため息をつかれる。
言いたいことがあるならば言えばいいのに、この人はわざわざ口をつぐむ時もあるから嫌だ。
がっしりと不意に、肩を掴まれた。
ふりほどこうとしても、力強くて引き剥がせない。
「やめろよ!」
「そうだよ、そうやって怒れよ!何でそんな、全部諦めちゃったような顔のままなんだよ。
アヤノちゃんは戻ってこられる可能性があるんだから、前みたいに自信をもって斜めに構えて、ウザいあんたでいてよ!」
「おれ、は、」
俺は変わってないのに、どうしてそんなことを言うのか。
九ノ瀬先輩が、コノハの記憶が戻らないからだろうか。
俺の話とは無関係だろ?何で。
「あんたくらい……前みたいに喧嘩腰でつっかかって来てよ」
ばか。
呟くように吐かれた言葉と、離された手のひら。
先輩は帰り道の見つからない迷子の子供のような目をしていた。
俺なんかよりずっと大人で、社会に順応しているのに。
きびすを返して部屋を出る彼女は、アジトに向かったのだろう。
俺も行くべきなのだろうか。
なあ、アヤノ。
机の上にヘッドフォンを置いて、初めてパソコンがスリープモードに入っていることに気付いた。
カチカチとマウスをいじって電源を落とすと、ぶうんと音をたてる。
その雑音に掻き消されて、脳裏に残ったアヤノの声が聞こえない。
思い出せないような。
そんな彼女に言いたいことはたくさんありすぎて喉で混ざって口を開けない。
なのに彼女は笑うから、そうだ、あいつの幸せはみんなが笑っていることだったか。
俺は気持ち悪くしか笑えなくて、情けなくて、俺は。
「…………行くか。遅くなったけど」
洗濯した赤色のジャージに袖を通す。
そのジャージ、カッコいいね。
同じ色のマフラーを片手で触り、はにかみながら言う彼女を鮮明に思い出した。
これは鼓舞か、それとも。
どちらにせよ俺は、笑えるようになるためにまずはあの人に何か一言、言ってやらなければ。
君と二人で喧嘩したい
(呪われた僕らはきっと愛だ恋だを忘れられないままでいる)
米津玄師さんの「MAD HEAD LOVE」を聞いて。
ドロドロしたのを思い付いたけど自重しました。
もっと上手く書けたらよかったのに……出来が気に入らないです。
ベイビーベイビビアイラビュー。
この歌とっても好きです