小説

□愛とも言うその暴力で
2ページ/2ページ




目の前には黒から白に髪の色を変えた彼。
記憶のない、彼じゃない彼。
コノハ。

あいつが迂闊にスマホを机の上なんかに置いたままにするから、私はこいつと向かい合うことになってしまった。
面と向かって話すのは、あのとき以来だ。
再会とはいえない再会を、して以来。


「ええっと。どうかしたんですか、ニセモノさん?」


「別に…………。お揃い、だと、思って」


「…………?」


何の話だ。
あの頃のように殴ったり叩いたり物に当たったりするわけにもいかず、考える。
お揃いなんて何がだろう、ジャージではないし。


「あ、ヘッドフォンのことですか?」


「うん。一緒」


変わらなかった表情が、ゆっくりゆっくり時間をかけて和かなものへと変わる。
笑っているんだ、と気づいた時には記憶の中の遥の笑顔と重なりすぎて、もうダメだった。
こんな体じゃなきゃきっと、私は泣いていたと思う。
今はもう、いくらでも表情なんて変えられるから何とも変わらないようにコノハには見えているんだろうけれど。


「そうです、ね」


彼の白色のヘッドフォン。
果たしてこれは誰からもらったものなのだろう。
壊れたことがなさそうな真新しいそれは、ぴかぴかと蛍光灯を反射させ光って見えた。
コノハはそう言うと、もう話すべきことはないなどと言うように元あった場所へと私を、スマホを戻した。

どさり、とソファに座ったようでしばらく何の音もしなくなる。
ぶっちゃけ暇だ。
電池も勿体ないしここはスマホをスリープモードにしておいて妹さんのスマホにでも行こうか、なんて思う。
早速行動に移そうと電源の操作をしようとしたところだった。


「ふん、ふん、……ふーん、ふん、」


どこか懐かしいメロディのハミングがした。
音源は彼しかいなくて、その曲は偶然にもあの日の私が流した曲。
柄にもなく運命を感じちゃって、もしかしたら私のことを思い出してくれるんじゃ、ないかって。

あの、と声をかけた。
一回目、聞き入っているようで気づいてもらえない。
間を開けて二回、三回。
彼がスマホを取り上げてくれたのは四回目のチャレンジに入りかけた頃だった。


「なに?」


「その曲、好きなんですか?」


敬語で話すなんて、あの頃は考えもしなかったな。
今さらだけどそんなことを思った。
コノハは首を少し傾けて、沈黙。
散々時間を費やしたあげくに一言。


「分かんない」



やっぱりそうか、という漠然とした肯定が何故か胸の内に広がった。
思い出さなかったことに安堵している私がいる。
それはまだあの日の後悔がじりじり焼き付いて、こびりついているから。

気まぐれに、違うヘッドフォンをつけてみた。
エネになってから毎日つけていたヘッドフォンと別のものをつけるのは初めてのこと……だと思う。
当たり前だけれどつけ変えても質量も感触もない。
思い入れも何もないただの無機物なデータごときに、心はわずかに沈んだ。
こんなことしなきゃよかったな。


「違うの?」


しかし真上から目敏い声。
見つかってしまったようだ、仕方ない。
似合ってますか、エネちゃんカラーの深青色とか超素敵じゃないですか?
おどけたようにふざけて言えば、冗談を理解できないようでコノハは目をぱちぱちさせた。


「何か言ってくださいよう。どうですか、これ」


「それはダメ」


どうせなら何か言うまで喋り続けてやろうと思ったのだが、またもや理解できない返答が飛び出してきて内心ため息をついた。
会話が成立していない、これじゃあ言葉のドッヂボールだ。


「それじゃなくて、黒色じゃなきゃダメ」


「……え。さっきまでの、ですか?」


黒色のヘッドフォン。
都合よく捉えてしまうと過去の私がつけていたもの。
黒色の方がいいと思う。
それに対し、ドキドキしながら尋ねてみる。
どうしてですか?どうしてそう思うんですか?

また「分からない」と返ってくるかと思ったんだ。
心のどこかではそう言ってくれることを願っていた。
だってこいつが、コノハが遥だって思わせる要素は姿くらいだから。
遥なのに遥じゃないこいつなんて、大嫌いになりたかったから。


「前にそれが、似合ってたから。コードがついてるヘッドフォン」


「前って、え、ちょ、ニセモノさん!?前ってどういうことですか、ちょっと!」


言うが早いがまた音楽の世界に言ってしまう。
私の声の届かない世界へ。
でも今は、その方が都合がよかったのかもしれない。
予想外すぎる事態にボロが剥がれた私の口調は、エネのそれではなくなってしまっていたから。


「どういう意味?ムカつく、殴ってやりたい!あんたばっかり私にそんなで、ああもう、本当に腹が立つ!」


そんなの、画面の外に出られない私には、到底不可能なことなのだけれどね。
さっきまで、と言わず前と言ったコノハの心は、コードがついてるなんて言ったコノハの思いは、依然として分からない。


 愛とも言うその暴力で

 (恋とも言うその引力で)












「君と二人で喧嘩したい」と同じく米津玄師さんの「MAD HEAD LOVE」を聞いて。
何故かとても長くなりました……この手の話はありがちかな、とも思いましたが書いてしまいました。

しかしコノハのキャラがよく分からなくて……書きづらかったです。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ