TOY

□テトラポッドと宇宙ごみ
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(セトマリ)


※マリーがアジトに来る前。





ぴちぴち、ぴちちち。
忙しない小鳥のさえずりが雨雲の去ったことを教えてくれる。
そうなると外に出ないわけにはいかなくて、俺はパジャマから動きやすい服装に着替えて部屋を飛び出した。

それでも、まだ寝ているだろうみんなに配慮してそろりそろりと靴を履く。
できるだけ音は殺して、――――かたん。
鍵を開けてみれば、世界は明るくて綺麗だった。


「うわあっ……!」


全部を洗ったみたいに雨粒は余すところなく辺りを湿らせている。
降り注ぐ朝日が水の中で反射してきらきら輝いて見せた。
鳥も、植物も、喜んでいるように見えてしまうのは何でだろう。
いま、彼らは何を思っているのだろうか。
思わず目に手が伸びて、地面にできた水溜まりに赤色が映った。

あ、また。
また僕はこの目をコントロールしきれていない。
ちょっと思っただけだから、心を覗きたいわけじゃないのに。
犬のように思い切り首を振って邪な想いを落とせば、もう目はいつものくすんだ黄色に戻っていた。


「よ、っと。んー、時間もまだ余裕だし、ちょっとくらい走っても大丈夫っすよね」


靴に泥が跳ねないよう水溜まりを飛び越えて、誰に言うわけでもないのだけれどつぶやく。
そこでやっと、初めて太陽を見た。
手で傘を作って見上げたそれは元気に光を浴びせてくる。
雲ひとつない青空はカラッとしていて、絵の具で塗ったように淡い色合い。
こんな天気の日に外に出ないなんてもったいない。

軽く屈伸してからゆっくりとした一定の感覚で走り出す。
鳥たちが木や電線に乗って揺れていた。
目的地もなく走り続けて、いつの間にか見慣れた光景が広がり始めて足を止める。
あれ、まさかここは。


「あちゃー……これじゃ晴れてる日は毎日ここに来ちゃってるんじゃないすか…………」


森の中、人目につかない場所にある可愛らしい作りの家も、今日は淡いお日様に照らされていつもと違う様相に見える。
あの子に嫌われたらどうしよう、それだけは、イヤなんだけどな。
はあ、息をひとつまとめて吐き出して、ドアをノックするか否か迷う。
もう起きているだろうか、寝ていたとしたら迷惑すぎっすよね。
寝ていたってあの子には、なんにも都合の悪いことはないのだから。


「…………帰ろ。ごめんね、また今度、出直してくるっすわ」


照れ笑いと共にドアにつぶやいて、きびすを返す。
また明日にしよう、そう思いながら地面をえぐりかけた。


「ま、待って!行かないで!」


「っ!、?」


体の向きはそのままに首だけぐるんとひねって振り向く。
その声の主は間違いなくあの子で、果たしてその子はドアから顔だけ覗かせてこちらをうかがっていた。
やはり外に出るのは怖いらしい――――かたかたと、ドアノブを握るその手は小さく震えている。

確信はなかっただろうに、彼女は俺の下らない独り言を、人の気配を察知して自ら扉を開いてくれたのだ。
嬉しいはずが、なくて。
向き直ってドアへと走る。
距離が近づき縮まると、安心したように彼女が肩の力を抜いたのが分かった。


「お早う、セト。早起きなんだね。こんなに早くから来てくれてありがとう」


「マリーもお早う。えっと、実はこんな早くから来るつもりはなかったんすよ。でも、気づいたら足がここに向かっていて」


恥ずかしいけれど、こんな早朝から押し掛けてくる不躾者とは思われたくなかったので本音を告げる。
目を合わせづらくて、いつもならば意図的に、それこそ四六時中、目を合わせていられるように心掛けているのだけれど視線を下に落とした。
すると失敗、彼女もうつむいていて。

綺麗な長い白色の頭のつむじが見える。
最近俺の身長はめきめき伸びてきていて、だからできてしまった身長差からこんなことになってしまったのだろう。
慌てて横を向くけれど、髪からのぞく彼女の耳が、真っ赤に染まっていたような。


「〜〜っ!あり、ありが、とう。セト」


下から見上げられた彼女の桃色の瞳には薄く涙の膜が張っていた。
それにドキリとしながらも、どういたしましてと笑って返すと、とりあえずよかったら上がって、と部屋の中に通された。
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