TOY
□五月二十三日
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(ラブレターの日ネタ)
五月二十三日、金曜日。
本日も素晴らしき雲ひとつない快晴。
青空の下で遥とあいつを待つ私とアヤノちゃん。
すでにこの体制は定番と化している。
従って友達いない歴がついこの間まで年齢とイコールだった私に、後輩とこの時間を埋めるという単純かつ単調な作業は酷すぎて。
話題が尽きて早数日。
助け船はいつもアヤノちゃんが出してくれている。
申し訳ないとは思うがゲーム以外の話題は私からなかなか振れないのだ。
だって自分が話せないから。
いや、話してはいるけどいつも遥の愚痴ばっかだし……そろそろ何とかしなくちゃだ、本当に。
「そうだ貴音さん、携帯のカレンダーにあったんですけど、今日って何の日だか知ってますか?」
こてん、と可愛らしく首をかしげる夏服の彼女の首もとには初夏には似合わない赤色のマフラー。
正直暑苦しいが、取ればいいのにと結構強引に迫っても取ってくれなかったのでかなりの訳ありっぽい。
ここは我慢する。
でも夏本番になったらアヤノちゃん、倒れやしないだろうか……心配だ。
「携帯のカレンダーかあ、うーん何だろう。全然分かんない」
ゲームのスケジュールならば覚えているのだが。
ちなみに今日はゲーム内での私の所属グループ《閃光の輪舞―エターナルロンド―》で週一のミーティングがある。
来週の目標を掲げ、今週のノルマをこなしたか確認するのだ。
今週は余裕過ぎたから来週はもっと骨のある奴を狙おうと心に決めたところで、ハッとなる。
またアヤノちゃんそっちのけで考え事をしてしまった。
もうそろそろ怒られても仕方ないと思う。
「……あれ、もしかして聞いてませんでしたか?」
「ごめん……もう一回、言ってもらってもいい?」
しょうがないなあ、と言うかのようなアヤノちゃんの笑顔はとても楽しそうなもので。
彼女が悪い子だというわけではないのだけれど、むしろとてもいい子だと思うのだけれど―――頬を嫌な汗が伝う。
彼女の口から出た言葉はしかし、そんなに破壊力があるわけではなかった。
「なな、なんと!ラブレターの日です!」
「…………」
「あれっ、聞いてませんでしたか?」
「いや、聞いてたけどさあ」
だからどうしろと。
そんなにオーバーに言われたって何をしていいのか分からない。
アヤノちゃんは凍りついた空気を、あははと乾いた笑いで誤魔化した。
いや、誤魔化せてないよ。
「貴音さんはラブレターって書いたことありますか?」
「はあっ!?無いよ、そんなもの。その言い方、もしかしてアヤノちゃんはあるの?」
「……ないです」
彼女の方を向くと、恥ずかしいらしく顔を赤らめてうつむいていた。
自分から話題を振ってきたのに、と眉をひそめそうになってはたと気付いた。
もしかしたらただ、沈黙に耐えきれず共通で話すことができるような話題を出しただけだったのではないか。
後先考えず、話の流れを予想せず、優しいこの後輩は私のために話してくれたのではないか。
そうであれば、私は。
「あー……ごめん。だよね、書いたこと無いよね」
「そうだ!貴音さん、せっかくですし一緒にラブレター書きませんか?」
「はあっ!?な、何でまた急に!?」
言うが早いがポケットから、以前遥の描いた「ヘッドフォンアクター」の私をモチーフにした目付きの悪いキャラクターのイラストがついたメモ帳を出して、ペリペリと丁度二枚破り取る。
どうしてそんなメモ帳を持っているのか聞きたかったが、もしかしたら残っていた画像データで先生が作ったのかもしれない。
あの人は一体何をしているんだか。
はい貴音さん、言われるがままその一枚を受けとると、胸ポケットに差していたシャーペンをカチカチ押して柵にもたれ掛かったまま彼女は考え出してしまう。
いやいやラブレターって。
どうしてそんな急に。
「え、本当にコレ書くの?」
「はい。少なくとも私は書くつもりですよ。貴音さんは誰に書きますか?」
「っ、」
瞬間的に頭を過ったのが遥だなんて、言えるはずがなかった。
「私には――――そういう人はいないからいいの!書かないから、返すよ」
押し付けるように小さなメモを手のひらに押し付けると彼女は少々驚いたようだった。
けれどすぐ笑顔になって、じゃあもう切っちゃったんで、私が勝手に使いますねと宣言した。
わざわざそんなことを言わなくてもいいのに。
そう、純真そうな無垢な笑顔には言えるはずもなく私は曖昧にうなずいた。