TOY

□鼓動
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(シンアヤ)



いつだったか夕暮れの橙に染まる教室で、私はシンタローの背中にすがったことがあった。
もう帰ったと思っていたから、彼が教室に戻ってきた時は本当に驚いてしまって。
さぞかし挙動不審だったことだろう。
まあ、私が挙動が不審だなんて今に始まったことじゃないとシンタローも知っているだろうから、別にいいのだけれど。


「ど、うした。大丈夫か?」


少し据わった、ひっくり返った声を出しながらしかし彼は私を気遣ってくれる。
その優しさが嬉しくて、ううん何でもないんだけど、と曖昧に返した。言葉は続かない。
子供のサルやコアラのようにシンタローの背中に無言でへばりついていると、しびれを切らしたのかたっぷり数十秒明けて彼は声をあげる。


「なあ、アヤノ」


「うん。ごめん、ごめんね、迷惑だよね。でもあとちょっとだけ、ちょっとだけこのままでいさせて?」


「…………何かあったのか?」


遠慮がちな言葉に心臓が跳ねる。
聞いてほしくないのに聞いてほしいと、矛盾点が対立している。
特に明確には言わずに、うーとうなって背中にぐりぐりと頭を擦り付けた。
髪がぐしゃぐしゃになって、普通なら女の子はこんなことしないんだろうなと思ったけれど構わず続けた。
理由は幼稚園児みたいでなんとも情けないのだけれど、そうやってしてみたかったから。
ただ、それだけだった。


「おいアヤノ、」


焦ったようにとがめる声はこの学校中で私しか知らないんだろうな。
彼はいつも斜めに構えていて、冷えきった目で世界を嫌っているから。
彼に世界は、醜くて穢くて煩わしく映っているのだろうか。
それはとても悲しいことだ。
そうだとしたらの、例え話なのだけれど。


「シンタローくんに質問です」


「この状態で?」


「私はシンタローに、どうしてほしいでしょう」


「無視かよ。しかも何なんだその質問」


頭の頂点をくっつけたままに、世界を真横に見ながら尋ねた。
がしがしと頭を掻く、震動がわずかに伝わってきた。
そんなことしらねーし、つぶやきながらも考えてくれるのは優しいね。
さすがにもう止めようと頭を背中から話して正面に回り込んで、きちんとシンタローに向き合った。
マフラーがふわりと小さな風に踊る。


「ぶっぶー、時間切れ!」


「はあ?わけわかんねーっつーの。何、結局どうしたの」


「なんでもないよ」


「俺にできることならするけど」


いつもはあんなにヤル気なし男なのに、どうして私の心が弱ってるときだけそんな風なの。
君がそんなだからドキドキしちゃうじゃん。
私だけ照れるのは負けたみたいで悔しくて、くるりと後ろを向いた。
急な方向転換に回ったマフラーがびしばしと彼の体を叩く。


「じゃあ笑ってよ、シンタロー。私、シンタローが笑ってるところがみたいな」


「いきなり笑えとか無茶ぶりにもほどがあるだろ……」


「えへへ、ごめんごめん。もう帰ろっか」


そうだ、シンタローはこんな時間まで何してたの?
首をかしげるとどんどん沈んで半分だけこちらを見ている燃える太陽を目を細めてみて、彼はぶっきらぼうに言う。


「お前を待ってたに決まってるだろ。他に何することがあるって言うんだ?俺はお前みたいに赤点とったりもしてないっての」


う、そんな痛いところ突かないでよ!ずるい!
彼の頬が赤く見えるのは照らしてる夕日のせいだとわかっていても、勘違いしてしまいそうになる。
カッコよくて、胸の奥がきゅうと悲鳴をあげてしまう。


「そうなんだ。……ごめんね、帰ろう?」


彼の手をとった。
それはなかなか食事の時間になっても食卓についてくれない妹や弟にたいしてよくやっていたから、出てしまった昔の癖。
昔からの癖。
意識してしまえば無償に恥ずかしくて自分から落とすように離してしまう。
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