TOY

□3センチ
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(カノキド)



理想の身長差ってさあ、知ってる?
トントンと慣れた手つきで夕食の仕度を始めたキドの背中に話しかければ、知らんと素っ気なく返された。
即答とか絶対僕の話聞いてなかったでしょ。
ちょっとくらいは考えてくれたっていいと思うんだけど。
いやキドの答えは確かに「知らん」以外、僕にだって思い付かないのも事実だけどさ。
少しムッとしながら、じゃあ言っちゃうけど、少しもったいぶって尖らせた口を開く。


「キスしやすい身長差が12cm、理想のカップル身長差が15cmなんだってさ。どう思う?」


「カノ……。自分で傷口をえぐらなくてもいいんだぞ?」


「傷口じゃないよ!?さっきは無視したくせに今度はちゃんと聞いてるとかひどいし……」


しれっと、聞かなかった方がよかったか、あきれたようにこちらを肩越しに見て彼女は言う。
子供っぽいとは思うのだけれど僕はテーブルに突っ伏すことで顔を、視線をかわした。
だって不貞腐れてしまうのも自然の理だろう、そこは触れちゃダメな話だ。
返答はほしいけど僕にだって触れられてほしくない話もある。


「そんなに身長が離れるなんて無理があるよね、セトとマリーじゃないんだから。キドもそう思わないー?」


「コノハがいるだろ」


「あれは反則だから考えちゃダメだよ」


あっそう、興味無さそうに返したキドは切った具材をどぽどぽ鍋に落とす。
何を作るんだか知らないが、僕への憎しみやらが混ぜられていないことを祈る。
あごの下にあった腕をずらして、だるんと下げる。
カチカチ鳴りながら時を刻む壁時計をぼんやり見ながら、あーあと続けた。
別に言いたいことは無いんだけど、せっかくキドといるんだから何かしら口に出して思いは伝えたいじゃないか。
共感を得られそうにないような気がしてならない思いだけれどね。


「セトになりたいなあ」


「アホか。お前にまで放浪されたら困る。……いや、もうお前も無断外泊だって普通にするもんな」


すぐさま否定が返ってきて、そこまでは予想済みだったけれど首をすくめる。
続くのは予想していなかった寂しそうな言葉。
こちらを見ないままに、くるくるとお玉で鍋の中を混ぜながらつぶやくように言葉が落ちる。
待ってるこっちがどんな気持ちか、一緒にセトを探したカノなら分からないはずもないだろうにな。
気弱な彼女が珍しくて、でも思い当たる節がありすぎてうつむいた。
こつんこつん、僕らには少し低くなってしまった椅子に座ったまま爪先でテーブルの足をつつく。


「さすがに12cmや15cmは無理でも、セトになれたらキドと10cm差じゃないか。どうせ僕は小さいからね」


「私のために言ったのか」


疑問なのか感嘆なのか、キドのつぶやきはよく分からない。
キドの吐いた言葉は感情が分からなければ意味も変わってしまうものに思えて、いまいち理解できない僕は黙ったままだ。
キドがこちらをちらりと見て、ため息を吐いたのが気配で分かる。
彼女は火を止めるとお玉を置いて、エプロンを外しながら僕の向かいに立った。


「料理、終わったの?」


「大体ならな」


短い会話の後、音の消えたキッチン少しの気まずさが混在する。
自分の呼吸する音がやけに大きく聞こえた。
何を考えているのか分からない目が僕を見下ろす。
何か言うなら言ってよ、そう思って僕も仏頂面のまま彼女を見上げると、不意に腕の隙間に手を入れられて「ひっ!?」なんて情けのない声が漏れる。
何するのさ、急に。


「身長差の話をしておきながら座ったままというのも変な気がしたんだ。立て、カノ」


「それならそうとちゃんと最初から言ってよね……」


そんなことまで僕は察せられないって。
視線を感じながら椅子をずるずる引きずって立ち上がると、真正面にキド。
自然と少し見上げなきゃいけなくなるから悔しい。
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