TOY

□視線
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ずるずるずる、と結局あのとき決断したものの先延ばしにしてしまうと恥ずかしくなってしまう。
今さらだなあ、今日だけでも何度目かになるため息をついて頬杖をついた。
窓の外には夕暮れ独特の橙を帯びだした水色の空が広がっている。
授業後に先生と面談があるらしいとかで、遥はいない。
私は昨日のうちに面談を済ませたから暇で、考えてみればその待っている間に遥はもしゃもしゃと色々食べたのだろう。
手を叩いて、デリカシーがないだとか、大嫌いと言ってしまったことに罪悪感がうずく。
そのまま待ってくれていたのに置いて帰った私に、遥は何も言わなかった。
今朝だって昼だって、何もなかったみたいに。


「……何にも思わなかったわけ、ないだろーに…………」


先生がいないから怒る人もいないので堂々と椅子の上で体操座り。
ひざにあごを乗っけると自然と息が出た。
このままじゃ後味が悪い。悪いどころじゃない、甘えたまんまの私は絶対に悪役。
謝らなければならない、それも、すぐに。早急に。
誠心誠意頭を下げよう。
よし、爪先に視線を落としながらぐっと手を握った。


「おー、お前まあだいたのか。さっさと鍵閉めて帰りてえからお前もさっさと帰れ」


「先生!」


面倒そうにいつものことながら教師あるまじきことを言いつつ、シッシッと追い払う仕草をする先生。
今ばかりは気にならなくて、面談はもう終わったんですか?と尋ねる私の声は少しだけ上擦っていた。


「何だ、遥を待ってたのか。悪かったな。遥ならもう昇降口に行ったと思うぞ」


まっすぐ帰れよって言ったし、遥ならどっかの誰かさんのようにゲーセンに吸い込まれたりはしないだろうからな。
ニヤリと嫌らしく笑い嫌味を言われたがここは右から左に聞き流して、適当に挨拶をして駆け出した。
背中に「一応は教師の前で走るんじゃねえ!っていうか話は最後まで聞け!」と叫ばれた気がした。
気のせいだな、うん。

地面を廊下を、蹴って蹴って蹴って蹴って。
昇降口に行ったというともう、帰ってしまったかもしれない。
今朝一番に謝らなきゃいけなかったこと、これ以上先延ばしにしたくないよ。
だって今日じゃなきゃ、私たちはいつ発作が起きてもおかしくない、明日の保証されない身。
そりゃあ唐突に発作が起こるとも思えないけど、思いたくないけど、それが発作というものだから。


「遥!」


ローファーに履き替えて走ると固いアスファルトが顔面スレスレにあって肝が冷えた。
危ない、もうちょっとで転ぶところだった。
体勢を立て直しながら走る。
肩掛けのかばんは走るたびにずりずり肩から滑り落ちるからうっとおしい。
片手で押さえ付けながら、やっと見つけた背中に叫ぶ。


「遥!遥、待って!」


冷たい空気が喉を凍らせて、出たのはかすれたガラガラの声。
それでも叫んだかいあって、どうやら遥に届いたらしい。
彼が振り向いて、その双眼に私を映した。
彼の目が見開かれる短い間に、何とかしてこの距離を埋める。


「貴音……!どうしたの、そんなに慌てて、」


「ごめん!」


言葉を遮って、頭を下げた。
先程よりも大きな声に遥が身動ぐのが分かる。
大丈夫、私に見えるのは割れたアスファルトとたくましく生える野草の花と、それから自分のローファーだけ。
下を見たまま直角に腰を折り曲げる様はあいつに見られたら一生からかわれそうで頬に血が昇る。
ようやっと遅れながらも走った反動がやって来て心臓が鳴る。
滝のように流れるあせが、つーっとあごをつたってアスファルトに点を作った。


「ごめん、昨日、ひどいこと言った。なのに私、謝りもしないで。
遥が何も言わなかったからって、何も言わないままうやむやにしようとした」


じわり、嫌だな、視界がにじむ。
水っぽくなった世界に鼻がつんとなって、たまらずすするとぽたり、汗とは違う水滴が流れた。
目から落ちたそれはひときわ大きくて目立って、嫌なのに止められない。
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