TOY

□おはよう
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(セトマリ)



あさ、独りぼっちの広い広いベッドの上は目覚めてすぐには寂しくなってしまう。
いつもだったらキドが声をかけてくれるまで目を覚ますことはないからこんなこと思わないのだけれど、今日は起きてしまったから。
くああ、あくびをひとつして壁時計を見るとパステルカラーの針は両方とも垂れ下がっている。
めちゃくちゃ早いわけじゃないけどそんなに遅くもない時間。
もそもそと居心地のいいふとんから抜け出してパジャマから着替えていると、ふわりと味噌汁の香りがした。
キドはもう起きてるみたい、キドは毎日早起きだなあ。
薄いカーテン越しにさす陽射しにほんの少し視線を向けて、ぴちぴちという小鳥のさえずりに耳を傾ける。
あの頃と、森に一人で閉じ籠っていた時と変わらない瞬間に安堵して、心にお母さんを思い描く。
おはようお母さん、今日も私、一日を大事に過ごすね。
首から下げた鍵に触れて、思考を切り換えてドアを開いた。


「おはよう、キド」


「! 珍しいな、マリーが自力で起きるなんて」


だし巻き卵を焼いていたのか、器用に箸で形を整えながらキドは少しこちらに視線を寄越して笑う。
おはよう、返された言葉にはお母さんのものと似た優しさが含まれている気がして、ちょっとだけ照れ臭くって曖昧に笑い返した。
キドの手元を見ると綺麗な黄金色が美味しそう。
思わず声を上げるとふっと彼女の目元がゆるんだ。


「悪いがセトを起こしてきてくれないか?
バイトの時間的にそろそろ起こしてやらないといけないんだが俺はまだ手が離せなくて」


肩をすくめて言うキドに頼られたのに嬉しくなる。
任せて!胸を張ると、頼んだぞと弧を描かせたまま言われた。
団長からの任務だもん、絶対遂行するよ!
意気込んできびすを返せば、目指すはセトの眠るセトの部屋。
でもすぐ起こしちゃうのは可哀想だし、キドもまだ朝ごはん作ってたし。
そっと扉を開けて忍び足で歩く。
何かちょっと忍者みたいかも。
思い返してみるとセトがいる時にセトの部屋に入るのは久し振りかもしれない。
耳を済ませると規則正しいすうすうという寝息が聞こえた。


「セト」


さすがに眠っている間はいつもつけているピンも外している。
僕はくせっ毛だから、と困ったように笑いながら言っていた小さい頃のセトを思い出して、懐かしみながら彼の顔にかかる髪を払った。
まじまじと顔を見つめても、当たり前だけど起きてくれない。
幸せそうに眠るセトは最初に出会った頃と比べるととっても大きくなった。
今じゃもう、私の倍近い身長だもんね。
どんどんみんな、成長していってしまう。
私をおいて死んでしまう。
だから私は今日を明日を、一日を大事に過ごしたい。
けど、そのことをセトは分かってくれてるのかな。


「む…………いっつもバイトばっかじゃ、つまんないよ。セト」


こつん、おでこ同士をぶつけてみると寝ているからかセトの体温はちょっと高めであったかい。
このままセトに宿る、セトを生かしている蛇のように彼の心を私も知ることができたらいいのに。
できないから私は頭をくっつけたままぐりぐり押し付けた。


「もうそろそろ起きなきゃダメだよー」


「ん、う……」


やんわりと頭に触れられて思わず顔をあげた。
起きたのかな?けれど見上げてもセトはまだ眠たいようで、ごしごし目を擦ってみけんにしわを寄せている。
体を起き上がらせもしないからもう一回「セト、起きて」と言うとセトはくすぐったそうに身をよじった。
ちっとも変わんないな、セトは目を覚ませばしっかり者に変身できちゃうけど、覚ますまでが長い。


「あれ、まりー?」


舌っ足らずに呼ばれて、笑いながら私はここだよ、と返すとまだ寝ぼけたままの顔でセトも笑う。
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