TOY

□視線
3ページ/3ページ




「た、助かったあ……」


あのまま逃走して、坂道を下った加速度を利用して素早く角をいくつか曲がると、ファンを巻くことができた。
もはや執念に近い追っかけには、すごいなあとしか言いようがない。
僕なんぞは本物のファンに比べればやはり、にわかなのだろう。
悲しい。


「大丈夫?ほら、はい。おばさんこの変なの好きでしょ」


とりあえず一息つこうと公園のベンチに腰掛けてぱたぱたと手をうちわのようにして風を送ろうとしているモモに、自販機で買ってきたドリンクを渡す。
その銘柄に彼女はぎょっとしたように目を見開いて、飲み物を僕の手ごと握り込んだ。


「わざわざ買ってきてくれたんだ、っていうかおしるコーラ!好きなの、覚えていてくれてたんだ」


ありがとう、再度改めて言われて照れくさい。
別に、とぶっきらぼうに返すとモモはそれでも満足気に笑ってプルタブを開けた。
ぷしゅっ、と小気味いい音がして変な臭いが僕の方にも漂ってくる。
おえ、何度嗅いでも理解できない強烈な、人工的に作り出された臭いを誤魔化すように慌てて僕もポカリのプルタブを開けた。
ごくごくと、喉を潤して。
缶を持つ手を膝の上に置くと、どちらともなく口をつぐんでしまった。
静かだ。
公園のなか、木の幹にとまる蝉がなく。
他に蝉はいないのか鳴いているのはそいつだけで、何だか取り残されてしまったように思えてしまった。
いつかの僕のように。


「団長さんたちを頼ればよかったのに。大変だったでしょ」


疲労から少し回復したのか、わずかにからかうような響きを持たせてモモは口を開いた。
木陰の下で聞くそれは何だか、年上の人からではなく同級生からのような親しさが感じられる。
何故だかはわからないけれど。


「おばさんだって僕にしか頼らなかったじゃん」


「それは…………ごめん」


焦って偶然、僕にかけただけなのだろう。
それは通話開始から分かったことだったけれど、こうやって申し訳なさそうに言われると腹立たしい。
気づくと、謝らなくていいから、と強い口調で言っていた。
我ながら起こっているような声。


「僕はモモが僕を頼ってくれたんだと思ったら、嬉しかったんだけど」


するすると言葉が出るが、言いながら驚いて納得する。
そうなのか、僕はそんな風に思っていたのか。
モモは缶に視線を落として、そのままに「だから一人で助けてくれたんだ?」確認のような問いをこぼす。
居心地が悪いわけではないのだけれどそわそわしてしまっていけない。
視線を適当に遠くにさ迷わせてしまう。
僕の挙動不審な様子にモモはふわりと笑って、笑うなよと言い返そうとしたが、その目が赤色に染まったものだから言葉を失う。


「モモ、目が……!」


「え?」


極色に染まる目はどうすることもできない。
ただ彼女はこうすることで、他人の目を否応なしに奪ってしまう。
はたとその熱に気づいたのか、モモは目元を押さえてうずくまった。
ころん、膝にあった缶が転がる。
中に残っていた甘い液体が流れて、しゅわしゅわと音をたてた。


「怖い、こわいよう。私、もう、嫌なのに……!」


目を押さえているが、隙間からぽろぽろと綺麗な透明のしずくがこぼれる。
パーカーに染みを作り、それはどんどん色を濃くしていく。
ざわざわと人の話し声が聞こえ始めた。
巻いたのだから、見つかるはずも普通はないのに。
小さな子供のようなモモは僕より幼く見えた。
そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないはずなのに、僕の方がしっかりしなくてはという気になった。
方膝ついて同じ目線になり、ぽんと優しく肩を持つ。


「大丈夫、大丈夫だから。僕がずっと、誰が注目してもしなくても見てるから」


「ヒビヤくん……」


落ち着きを少なからず取り戻したのか、ゆっくりと名前を呼ばれる。
後押しのつもりでからかった。


「アイドルらしくてもおばさんらしくても、モモはモモだよ」


「おば、さんじゃ、ないもん……!」


うるうるした目でにらまれても怖くない。
はいはい、適当に返すとちゃんと分かってるの?と不安そうな顔をされた。
モモの方がよっぽど不安だって。
彼女の手をとって、自転車にまたがった。
当然彼女は、後ろに乗って僕の腰に腕を回す。


「第2ラウンドってとこかな。ちゃんと捕まっててよ」


「うん!」


軽くなったペダルを漕ぎ出す。
まだ降り注ぐ日差しは高く、暑い。
からからと笑う彼女の声が僕の背中を押した。
モモの目は、もう赤に染まってはいなかった。














視線関係ないよね感がすごい。
こんなのでもヒビモモと言い張る。
特にヒビヤが好意的じゃないけど、意識はしてるからこれからちゃんとくっつくと思う。
思いたい。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ