TOY

□はちみつ
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(ルサ)



彼女は存外、人を寄せ付けないように振る舞うくせしてその実ひどい寂しがりである。


「……どうしたの、サファイア」


昼下がりのことだった。
気持ちのいい日差しの下で昼寝をしているCOCOは相変わらず可愛らしい。
彼女のためのコンテスト衣装作りにせいを出していたのだけれど、背後からの物音に掛けていた眼鏡をはずして振り向く。
そこにはやはり、少し目尻を赤くしたサファイアがいた。


「〜っ!どうしたも、こうしたも、なかっ!」


うるうると目に涙の膜を張って彼女は拳を握った。
舌足らずな話し方に、あれ?と首をかしげそうになったがすぐに気付いた。
彼女も昼寝をしていて、おおかた悪い夢でも見たのだろう。
上手く言葉にできないのか、ううと唸りながらぽろぽろ涙を流すサファイア。
さすがに不憫で、とりあえずベッドに腰かけさせて洗い立てでふわふわのバスタオルを肩に掛けてあげると、彼女は少し安心したように小さな息をついた。


「ルビーが」


ぽつりと唐突に吐き出されたのは自分の名でしばし目を開閉させてしまう。
自分のペースで話を始めた彼女は、特に僕を気にした様子もない。
やれやれだ、でもそんな彼女が彼女らしくて、やっぱり好きだなと実感するのだから僕もたいがい救えない。


「あたしのこと、昔も今も知らんち言うから、あたしは恥ずかしかったけど思い出してほしくて、昔のようにも今のようにも、あんたに話しかけたんよ」


でも。
あたしとあんたは、全然違った。
夢の中で彼女いわく、昔のようにも僕に話したからだろうか、口調に標準語が混じる。
綺麗な発音のそれも、独特の慣れたような訛りも同時に出るのは驚いてしまう。
まるで彼女が二重人格で、もうひとつの人格が出てきて話しているようだ。
二重人格だからといってどんな風になるのかなんて、二重人格の人に会ったことがないから全く分からないけれど。


「そっか。ごめんね」


「…………なしてあんたが謝ると」


「だって君が泣いているのは僕のせいなんだろう?」


ああ、吸い込まれそうなほど綺麗な藍色。
僕だけを映すにはその色はもったいないようにも思える。
キラキラ涙に輝くから、本物の宝石よりもずっとずっと美しく見えた。純真で一途な瞳が揺れる。


「夢の話やち、ルビーのせいじゃなか!」


「僕のせいみたいな口ぶりだったじゃないか……」


「そんな風に言ってなか」


じゃあどんな風に言ったんだい。
自分でも自分の言っていることが分かっていないんだろうなと思う。
なんたって彼女はまだ頭が覚醒しきっていない寝ぼけ眼。
きっと放っておいたら僕が何もしなくともすやすやと寝息をたて始めるに違いない。


「大丈夫だって、安心してよサファイア」


とんとん、一定のスピードで背中を軽く叩きながら語りかけると彼女は、とろんとした目に僕を映す。
なにが、そう問う声もとても眠たそう。
また寝てしまう気なのだろう、こんなにも気持ちのいい日差しの中の昼下がりなのだから避けようもないのかもしれない。


「今の僕は昔の君を忘れていたけど、君を好きになったんだから。たとえ忘れたとしても僕はまたサファイアを好きになるよ」


「…………ばか。なして恥ずかしいことばっか言うと?」


微笑むと彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。
その動作すらも眠そうなのだから悪いけれど笑ってしまう。
そんなに眠いならもう一眠りしていいよ、ベッドの上を軽く撫でて整えながら言うとすぐにこくこくうなずいた。


「おやすみ、サファイア」


「ルビー、どこにも、いかんでね……?」


小さな小さな声だった。
行かないよ、彼女の言葉の意図を察して返す頃にはもう彼女は眠ってしまっている。
仕方ない、でもきっと夢の中の君に届いているだろうから。
さらさらと落ちた髪をすくいあげて頬から払うと、サファイアはくすぐったそうに笑った。


「心配症だなあ」


あんなに僕のことを毛嫌いして、唸り声をあげるほどだったのに。
本当は怖がりでとても女の子らしいのに、僕のせいだと思うと少し罪悪感もある。
せめて今みたいに、寝ぼけた時だけでもいいから僕に本音をこぼしてくれたらいいのに。
そうしたら僕も、君を目一杯甘やかすことができるから。
眠っているサファイアは、幸せそうにすやすやと空が薄紫色に染まるまで眠っていた。
どうしてもっと早くに起こしてくれなかったのかと彼女が照れたように怒るまで、あと数分。
目覚めるまで僕は君のそばにいよう。















なかなか眠れないと言うサファイアにはちみつ入りのホットミルクをあげるルビーの話にするつもりだったのに、何がどうしてこうなったのだろうか。
何か違う感がそこはかとなく漂う……ルサ可愛いよ!

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