TOY

□心が朽ちる音を聞いた
1ページ/1ページ




(シンタロー)



教室の最後列、俺は教科書を開いて席に座っている。
周りの席には誰もおらず机の上には花瓶と、それから、一輪の花が生けてあるのだけれどいつだって俺の左隣の席にはアヤノが笑って座っていた。
淡く照り込む夕日の橙が眩しい。
俺が視線を向けると、それに気づいた彼女も笑う。
俺が口を開いて会話をしようとすると、しかし彼女はいつだってとうとつにぼろりと、その大きな瞳から涙を溢れさせるのだ。


「××××××××××××××××」


窓は先程まで空いていなかったはずなのに、ぶわりと吹き込む風にカーテンがばさばさ激しく踊る。
カーテンは巻き込まれたアヤノの頬を叩き、彼女のマフラーを、髪を、作為的に掻き回す。
彼女の言葉はこんなにも近いはずなのに聞き取れず、俺はもどかしい気持ちで眉間にシワを寄せた。
すると彼女は心配そうに俺を見て、また笑む。
気づけば彼女も俺も立ち上がっていて、窓枠に手を置いた彼女は横目で俺と夕日を見る。


「××××」


ゆっくりと彼女のくちびるが動いた。
寂しそうに笑うと体が傾いて、俺が手を伸ばしても到底及ばないスピードで頭から彼女は姿を消す。
窓に駆け寄ればすでに落下した彼女の体があり、目立った外傷のないそれに俺は泣き叫ぶ。
そこでいつも、意識が途切れる。
否、目が覚める。
毎日見るこの夢に、もしかしたら意味なんてないのかもしれない。
だけれどアヤノがいつも、本当に寂しげに笑うから。
彼女がいつも、死んでしまうから。
俺は不甲斐なくて、彼女の声さえ次第に忘れて、もしかしたらもう、彼女が生きていたことを、だれも覚えていないのかもしれない、なんて。


「……それじゃあ、明日も見えないままですよ?」


見兼ねたエネがめずらしくしおらしい声で言う。
こいつが以前のようにわがままも言わなくなったのは、俺がこんなにも人の話を聞かなくなったからだろう。
けれど、当たり前じゃないか。
お前の、エネの声に耳を傾ければまた、いっそうアヤノとの日々が薄れてしまう。
俺まであいつを忘れてしまうかもしれない。
人より物覚えがいいなんて、頭がいいなんて、今はそんな不明瞭なものはいっそくそ食らえと思った。
忘れてしまうくせに、一体何を、覚えていると言うのだ。


「アヤノちゃんも、ご主人がこんなになるなんて……望んで、ないですよ」


「黙れ」


五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い。
さっきからお前の雑音が邪魔なんだよ。
デスクトップの画面に向けて力任せに拳をぶつけると、ぱりん、とあっけない音をたてて画面は割れた。
停止するPCは黒く染まっていく。
ようやく邪魔が入らなくなったところでベッドに寝そべり、目を閉じた。
すぐに襲ってくる夢はいつものもの。
声を聞くことは諦めて、今日は彼女のくちびるの動きを注視する。


「××××××××××××××××」


彼女は今日も俺に向けて俺が聞き取れない言葉を吐く。
動きから言葉を予測して、自分の口で反復してみる。
もしかしてずっと、笑いながら俺にそう言っていたのか?
彼女の思いまでもを汲み取ることは叶わないが、それでも彼女の顔を見詰めてしまう。


「もう私の夢を見なくてもいいんだよ」


アヤノは今日も俺に寂しそうに笑いかけて、窓から落ちていく。
最後の言葉だけは、いつも違うことを言っているのか分からない。
たった四文字の言葉だけれど、毎度彼女はむけてくれている。
彼女からのメッセージ。
涙が目尻をつたって流れた。
目を覚ましてしまったが、二度寝をしてももうとがめる人もいない。
俺はまた目を閉じる。
教室の最後列、俺は教科書を開いて席に座っている……。



 心が朽ちる音を聞いた

  (彼女の向けた最初の最期の言葉 「ありがと」
   彼女の向けた最後の想いの言葉 「だいすき」
    彼女の向けた彼への謝罪の言葉 「ごめんね」
     彼女の向けたお別れの言葉 「さよなら」
      彼女の向けた全てへの決別の言葉 「バイバイ」)


















お題は獣様よりお借りしました。
最後に何を言ってもアヤノの最期はシンタローの記憶に留まり続けると思う。
この話のシンタローは多分、目に「焼き付ける」蛇が付いていないのではないかと思います。
忘れちゃうって言ってますし。
マリーがこの蛇を産み出す前ってことで(汗)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ