TOY

□首の上に吊るされた星と
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(シンタロー)


※エネがPCに来る前



嘲笑される夢を見た。
それはひどく自尊心をずたぼろに傷付けて俺の心を麻痺させる、そんな夢だった。


『そんな風に達観しちゃっていても、誰よりも何も知らないくせに』


顔のない誰かが俺を指差してせせら笑う。
恐怖で汗が流れた体は今では氷のように冷たくて、俺はガタガタ震えるしかない。
俺の怯えきった心臓に、その言葉は銃弾のように撃ち込まれた。刺し込まれた。
思い切り息を吸い込みながら目を開くと、焦点ははっきりしないが薄暗い自室の天井が見えたものだから、ああ夢だったのかと妙に冷静に思った。
室温は普段通りのはずなのに、汗だくになったからか空気が冷たく感ぜられる。
起き上がってベッドの縁に腰かけるとぶるり、寒気が這い上がって少し震える。


「…………あ、」


恐る恐る喉に手を当て、声を出してみた。
夢の中では一言も発することはできなかったが、当たり前だが今なら簡単に声を出すことができた。
ホッとしながら立ち上がる。
この夢の名残を追いやるためにも、シャワーでも浴びてこようか。
ぎしり、ベッドのスプリングが体重をのせられた手のひらに翻弄されて音をたてた。



こんな夢を見るようになったのは、どう考えても「あいつ」の「あの言葉」が原因だ。
それは分かっているが、どうにもならない現状に小さく息がもれる。
冷えきった体に熱いくらいのシャワーは気持ちがいいのだけれど、目覚めきった脳が働き出してしまうから嫌になる。
あの日の風景、あの日の音、あの日の「あいつ」がまぶたをとじれば鮮明に思い描けてしまう。
かぶりを振って蛇口を捻りシャワーを止めた。
もう何も、考えたくなんかなかった。


着ていた服を洗濯機に放り込んで、母さんがたたんでくれたシワのない服に袖を通す。
偶然でしかないのだが、そのシャツがモモが学校で作ったのだと言っていたクラスTシャツとダブって舌打ちしてしまう。
黒色のTシャツなんかどこにだってあるだろ。
何だってそんなこと、学校のことなんて思い出すんだよ。
タオルでがしがし髪を拭きながら冷蔵庫を覗くと500mlのコーラがあって口角が上がる。
ラベルにでかでかと「モモ」なんてご丁寧に名前が書いてあるが、この際無視だ。
念のためお汁粉やら何やらが混入されていないことを確認してからフタをあける。
プシュッ、二酸化炭素が抜ける気持ちのいい音が鼓膜を揺らした。
一気に半分ほど飲んで落ち着いたところでコーラ片手に部屋に戻る。
部屋に戻って机を見ると、電源の落ちたPCの隣のデジタル時計は午前五時を表示していた。
ずいぶん早くに目が覚めてしまったんだなと今更ながらに驚きながらPCの電源を点ける。
見慣れた青白い画面にぼんやりと自分の黒い影が映って、それが何だか不気味に見えた。


「っ、…………!」


ヘッドホンを首にかけた所で、ディスプレイに見覚えのあるシルエットが浮かび上がって思わず腰を浮かす。
馬鹿だな、「あいつ」がここにいるはずもないのに自分に「あいつ」を見てしまうなんて。
細部まで脳裏によみがえった寂しげな笑顔が、白色の液晶の上に見える。
見えるはずもないのに、俺の目に映る。
彼女は何も言わずに笑ったまま、口を閉ざして俺を見ている。
見ている。見ている。


「や、やめっ……!」


尻餅をつくようにどたん、力が抜けた。
上手く椅子に座ることができずに滑って床に尻を打ち付けた。
しかし痛みよりも、何よりもすぐ視線をPCに戻すことを最優先させてしまう。
「あいつ」はまだ、ここに。


「…………」


果たして「あいつ」は、いなかった。
当たり前だ、俺の脳が俺だけに見せたものなのだから。
見慣れたデスクトップに代わり映えのあるものはない。
何だかどっと疲れに襲われて、椅子に座って息を吐いた。
ぶおんぶおん、しばしPCの起動する音が静かに部屋に響く。
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