TOY

□微糖
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アヤノは帰ってきた。
帰ってきたのだけれど、俺はいまだにアヤノが死んだと思っていた頃のことを、頻繁に思い出してしまう。


「アヤノ?」


マフラーをもうしていない彼女は、待ち合わせてもいないのにまたあの木の下にいた。
声を掛けるとゆっくり振り返って俺を見る。


「なあに?」


「俺はアヤノがいなくなった日、ただ寝過ごしたのかとだけ、思ったんだ。それから部屋に閉じこもって、ずっとずっと、脱け殻みたいにぼんやりと過ごしていた」


アヤノがいなくなってからの俺の生活は、そりゃあ散々だったと思う。
高校中退でニートで引きこもり。
みんみん、蝉の鳴き声が五月蝿いくらいだ。
彼女は少しだけ目を細めて、真向かいから吹く風に堪える。
さらさらと髪が揺られた。


「うん。知ってるよ」


なんてことのないようにアヤノは返して、太陽を見上げた。
照りつける日差しは今日も強く、アスファルトに反射する光が眩しくて色彩感覚がおかしくなりそう。
青空にはまばらに雲があったけれど、すべて四散して消えてしまいそうなほど薄いものだった。


「こんな俺だけど、アヤノはまだ近くにいてくれるのか?」


学校は、もう通っていないから。
クラスメイトだから話すとか、友達だから一緒にいるとか、席が隣だから放っておけないとか。
そういういいわけはもう、使えなくて。
そばにいたいと俺は思うのだけれど、彼女はどうなのだろう。
一度、第三者として客観的にすべての世界を見て、彼女は一体どう思ったことだろう。


「……決まってるじゃない。シンタローを一人にはさせられないよ」


俺の心配をよそにアヤノは明るく笑った。
優しいそれは俺を長年悩ませたそれとは違い、温かく、可憐なものだった。
あんなにも思い返したのに、思い返すうちに俺は、お前の笑顔を勘違いして記憶していたんだな。
アヤノの笑顔は、こんなものだったのに。


「赤色が誰より似合うシンタローは、今も昔も、私にとってのヒーローだよ」


彼女はくるりと後ろを向いた。
さわさわと風に揺すられて木の葉が音をたてる。
落ちる影が何通りにも形を変えて光を落とす。
アヤノはいたずらっ子のように笑いを含ませて、俺に背を向けたまま続けた。
時間が戻って、学校に通っていた頃のようだと思った。
錯覚にすぎないのだが。


「……それに私、脱け殻は好きな方なんだよ?」


こちらの反応をうかがうように、すぐに俺の顔を見るのだからたまらない。
俺はそこそこ頭がよくて、一通りの心情理解は出きる方で。
それってつまりは、そういうことでいいのだろうか。
楽しそうな彼女に翻弄されているなと感じながら、俺も口角を上げて維持悪く答えた。


「なんだそれ」


「えへへ、シンタローには内緒」


「あっそう」


クスクスと隣で笑うアヤノはとても幸せそうで、俺も空を仰いだ。夏空は透明で、今日も快晴なままだ。














微糖なんだからちょっと大人っぽく!ビターに!と思いながら書いたけれどやっぱり微糖の意味を履き違えている感じがすごい。
いや、でもいつもの私が書く暗いシンアヤと違って、確かにこれも暗い部分もちょこっとはあるけれど、アヤノが生きてるし。
微糖だよね!なんていいわけをしながら書き終えた。
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