TOY

□吐息
1ページ/2ページ




(セトマリ)


セトが最近しなくなったことがあるんだけど、これっていいことなのかな?
リビングで造花を作りながら、食器を洗うキドの背中に話すとキドはきゅっと蛇口を止めて、手を拭いてこっちに来てくれた。


「どんなことだ?聞くぞ」


「うん。あのね、溜め息、なんだけど……」


「溜め息?」


キドは不思議そうに私の言葉を反復した。
うん、溜め息。
私は至って真剣で、だけどキドは溜め息くらいどうしたと言わんばかりに完成品の造花を手にしてくるくると指先で弄び始める。
それこそ彼女が溜め息でも吐き出しそうな様子だ。


「溜め息を吐くのを止めたのなら、それはむしろいいことじゃないのか?」


「…………そうなのかなあ」


セトは元来、物事を上手いこと考えるのが苦手な奥手な子だ。
小さい頃はよく私のところに遊びに来ても、色々と辛そうにしていた。
今ではもうそんなところはなりをひそめてしまって、びっくりするくらいの好青年になったのだけれど。


「私の前でも溜め息つけなくなっちゃったのかなと思ったら、それは嫌だなあと思ったの」


だから悪いことなんじゃないかと思って。
ああ、造花がくしゃりと少し手の中でつぶれてしまった。
直さないと。
黙々と手元に視線を落としたけれど、キドが困っているのが分かった。
困らせた理由も分かるから、それだけにちょっと気まずい。


「今のセトの性格をまだ疑っているのか?」


声の調子は少しだけだけれどあきれた風だった。
キドは否定してほしいのだろう、私だって頭では分かってるつもりだ。
セトは別に無理をして、バイトを掛け持ちしたりあんな話し方をしたりしているわけじゃない。
でもどうしたって、私は昔のセトを忘れられないのだ。
彼が彼じゃなくなるみたいで、彼もいなくなるみたいに思えてしまうのだ。
そこにいるのにいなくなるなんて、そんなのは、あんまりだ。


「確かに前とは全然違うけど、元から前兆もあっただろ。きっと今のセトが本来のセトなんだと思う。人の心に怯えたりしない、優しさを持つのが」


「……セトは怯えてないわけじゃないよ?」


「でもあからさまに態度に出さなくなっただろ。成長したんだよ」


そんなのなら成長なんて、しなければいいのに。
私はどうせずうっとこのままなのだから。
悲しくなって目を伏せると、心なしか造花も憂うように傾いた。
キドは元の仕事に戻ってしまう。
別に話を続けたかった訳じゃないし、黙ってその背中を見送った。
セトはこれからも成長していくのだろう、優しいままに。
私を置いて。


「……私はセトに、何をあげられているんだろう」


何をして、あげられているんだろう。
セトは私よりも早くに老いて、死んでしまう。
毎日を生き生きと、楽しそうに過ごすセトは私に笑っていてくれればいいと言った。
マリーが笑っていると俺も元気がでるっすから。
その言葉はきっと本心からのものだったけど、でも私はどこか寂しかったんだ。
幼かった頃のセトはそんな風に話したり、しなかったから。


「私も、成長したいな」


そうしたらセトの考え方も、キドの思いもきちんと組むことができるようになるだろうか。
彼らのように日々を快活に過ごせるだろうか。
私は、変われるだろうか。
結局のところそれは私自身次第の問題になってしまうのだけれど、そう思った。
でもセトが誰に気を許せなくても、私の前でだけは気を許してほしいと言う思い始めただのエゴだということにも、気づいてしまうから嫌になる。
セトは私がこんなことを考えているなんて、思いもしないだろう。
姿にほとんど成長が見られない私は出会ったときとほぼ変わりないから。
無知なままの小さな子だと思ったまま。


「…………セト」


ひらひらと造花の花びらが、机の上に小さく舞った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ