TOY

□吐息
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『マリーが寂しがってたぞ』


そんなメールに気付いたのはバイトが終わってすぐのこと。
キドからの端的なメールにはそれだけしか書かれていなくて、原因も理由も分からない。
何かしてしまっただろうかと首をかしげながらも、帰路を急いだ。


「ただいま!」


開口一番にそう言って、手を洗ってから真っ先に向かうのは彼女の部屋。
一応はノックをすると「入っていいよ」と言われたのでドアノブをひねった。
マリーはベットに腰掛けていた。
藍色に染まった空が窓の外に見えて、吹き込む風に春色のカーテンが揺れる。


「おかえり!」


ぱたんと彼女が閉じて置いたのは、きっと彼女のお母さんの日記だろう。
ぱたぱたと走ってきてマリーは俺に思い切り抱きついた。
きゅう、と抱き締められて体温を共有する。
暖かな気持ちになって優しく頭を撫でると、彼女はパッと顔を上げた。


「なんかセト、いいにおいがする……」


「ああ、たぶん薔薇っす。ブーケを作ったんすけどその時ににおいが移って、そのままになっちゃってたんすね」


何となく薔薇のにおいがするのは照れ臭い気がして、頭を掻くと離れたマリーは俺の顔を見て笑う。
幸せそうなその笑顔に、寂しい気持ちも俺が帰ってきてなくなったのかなと思った。
そんなことはないだろうけれど。


「素敵だなあ。ねえ、セトは何色の薔薇でブーケを作ったの?」


「ピンクの、特にブライダルピンクの薔薇で作ったっす。マリーにも今度、プレゼントしたいっすね」


「本当?」


嬉しそうにくすくすと、手をくちもとにあてて笑った。
もちろん、そのつもりだ。
返すとマリーはぎゅっとまた俺の腰に手を回す。
きゅうきゅうと腕に力を入れるのは、よっぽど人恋しかったのだろう。
何も言わないで撫でてあげていると彼女は小さな声を出した。


「あのねセト、私ね、セトが大好きだよ。だから無理しないでね。わがまま言わないから、私と一緒にいて。ね?」


「わがままだって言っていいっすよ?」


マリーは曖昧に笑った。
信じてくれていないのだろうかと思うと少しだけ悲しい。
膝を折って彼女と視線を合わせると、薄く桃色に色づく瞳が俺の目としっかり合わさった。


「……じゃあ、じゃあね。もしも願いが叶うなら、」


一呼吸おいてマリーは机の上に乗せられた、完成している造花に視線を向ける。
彼女が作っているのも、そういえばピンクの薔薇だった。


「、…………やっぱりいいや」


「え?」


言い掛けていただけに驚く。
本当にいいんすか、そう尋ねてもマリーは眉毛を下げていいよ、と言うだけだった。
その代わりにひとつ、いいかなと。
彼女は俺の服の袖をひっぱりながら言う。
うつむいているせいで彼女と目は、合わない。


「前にセトは、私に笑っていてほしいって言ったよね。私も、なの。私も、セトに笑っていてほしい」


ダメかな、付け足しながら不安そうに上目使いに見るのは、もうずるかった。
そういうのは無意識にやっているのだろうが、心臓に悪くて仕方ない。
ダメなわけないじゃないっすか。
マリーの肩に手を置くと彼女は嬉しそうに、ホッとしたようにはにかんだ。
ありがとう、そう言って顔をくしゃくしゃにする。
俺こそ、俺のことを想ってくれてありがとうと、そう言わなければならない立場なのに。
満足そうに彼女は、ほう、と一息ついた。
その吐息がどうにも、耳をくすぐっていけない。
たまらず俺もマリーを抱き締めると、幸せだなあと思った。
躊躇う必要もないこの距離がたまらなく遠くて近い。
このまま笑い合える日々が、ずっとずっと続けばいいのに。
覗き込んだ彼女の目もそう告げていて、素直に嬉しかった。
考えまでお揃いなのだから、終止符なんて誰も、打てやしないだろうと思えたから。













吐息というとあの「もしも願いが叶うなら〜」って歌を思い出します。
そのせいでやたらと薔薇の花が話に食い込みました。
薔薇の花の花言葉はたくさんあってたのしいですよね!
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