TOY

□深爪と断罪
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(カノと蛇)


ぱちん、ぱちんとこれまで僕を構成していた僕の一部だったものは切り取られて、ぱらぱらと広げた新聞紙の上に散らばった。
ぱちん、ぱちんと切り取る度になんだかひどく無感情になっていくような、そんな気がする。
ぼんやりと爪を切っていると、何でだか不意に、夜中に爪を切ると親の死に目に会えないだとか、そんな不幸が起こるといったような言い伝えを思い出した。
どこの辺りの言い伝えだろうか、自分でも誰に聞いたとも記憶にない。
それでも思い出すのだから、僕はよっぽど親のことを引きずっているのだろうなと思う。
未練がましくて女々しい、まったく、馬鹿みたいだ。
自嘲気味な笑みを形作って、しかしその作り笑いはは広がった新聞紙と爪切りくらいしか見ていないのだからますます滑稽だ。
でももう、僕に親と呼べる存在はいないのだからどうでもいいかと思った。


「……………いや、どうでもよくは、なかったのかな」


ぽつりとこぼれ落ちた言葉は、自分でも言うつもりなんぞは無かったものだ。
言っておきながら驚いてしまう。
僕がそんな考えだから誰の死の間際にも僕は立ち会うのかと思った。
カゲロウデイズに引き込まれた母さんは、自ら飛び込んだ姉ちゃんは、死んだわけではない。
けれど、あれはほぼ死だと思う。
彼らは死んだのだ。
姉ちゃんが戻ってこられたのは「蛇」の力のお陰で、母さんは僕に「蛇」を譲ったせいできっと。



手が止まっていた。
軽く息を吐いて考えを打ち消すようにして爪切りを持ち直す。
ぱちん、ぱちんと響く音は時計の針の音をも打ち消すようで、ひどく静かな室内の時が止まったかのように錯覚する。
無心に爪を切っているとどこからともなく声が聞こえた。


『たとえ助けられなくとも、その場にいられてよかったとは思わないのか?』


「………………」


思わず口ごもった。
蛇と話をしたことがないわけではないが、直接会話したのは「冴える」くらいのもので自分の目に宿っているはずのこの「欺く」とはあまり話したことがないからだ。
それにそもそも、こいつは僕に話しかけない。
そんなにも僕が消沈しているように見えたのだろうか。
情けない。


「はは、セトとかはそうやって折り合いをつけそうだよね。まあ、それくらいしか確かに折り合いをつけられるようなところはないし」


ひどい言葉だと思った。
もうとっくの昔から剥がせなくなってしまった気持ちの悪い笑顔がぴたりと顔に張り付く。
相手は自分の中の蛇しかいないというのに。


『それで折り合いをつけて何が悪い。
生きていく上で妥協して、折り合いをつけなければ人間は上手くやっていけないのだからそうすればいいじゃないか』


蛇は淡々と言う。
僕からしてみればそれは、知っていたことだけれど思いもしなかったことでしばし閉口した。
妥協、折り合い。
そんなものばっかりだ、この世の中。
ははは、乾いた笑い声がひきつった喉から落ちた。
久々のような気のするそんな笑い声は、やっぱり例に漏れず気持ちが悪くて自分で自分が嫌になる。


「まさか君が僕にそんなことを言うなんて驚いたよ。ははは」


蛇は笑われたのが不満であるのか、何であるのか分からないが沈黙を貫く。
蛇の気持ちなど僕には理解しようもない。
こんなに誰よりも一緒に、近くに生きてきたはずなのに。
これほど滑稽なことはあるだろうかと思った。


「……僕を慰めてくれたの?」


少しだけ、自分でもそう思えるほど優しい声が出せた。
そのことを嬉しく思いながら爪切りを傾ける。
ざーっと流れ落ちた破片はぱらぱらと散らばった。
蛇は何も言わない。
僕は新聞紙の両端を持って、それらすべてをゴミ箱に吸い込ませながら長らく使っていなかった言葉を選んだ。


「…………ありがと。ごめんね」


嘘だらけの笑顔の代わりに出てしまった歪んだ顔は、誰も見ていない。
ぽたぽたと数滴落ちたしずくも、きっと誰も見てはいないのだろう。
蛇はやはり何も言いはしなかった。


 深爪と断罪

 title by:休憩












飄々としているカノよりもこんなカノの方が好きです()。
みんなに宿っている蛇はそれぞれみんなの味方だと思う。
小説では「冴える」しか喋ってない?けどアニメでシンタローの「焼き付ける」が喋ったので他の蛇だって喋っていいんじゃないかと思った妄想の産物。

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