TOY

□愛していると言わせて欲しい
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(ヒヨリと蛇)



今日も蝉が鳴いている。
窓はきちんと全部閉まっているはずなのに聞こえるのは何故なのだろう。
五月蝿いなあと思いながらも涼しい部屋で私は悠々と過ごす。
特に用事もないしやらなければならないこともない。
でも、このまま動かないままでいるのもなあ。
そう思って立ち上がるとするりと冷たい何かが足首を撫でた。
もう慣れたので驚くこともなく見下ろして、しゃがんで視線を合わせる。
何の用だろうか。


「なあに、どうしたって言うのよ?」


『外、行くなら連れてって』


コノハさん、正確には遥さんの思考と記憶を置き去りにしてこの世界に戻ってきた彼に宿っていた蛇は、不思議なほど私になついていた。
主が命と引き換えに、自分の力と引き換えに私を呼び戻したと知っているからだろうか。
それとも、そんなことは知らないからなのだろうか。
分からないけれど。
しばし「醒める」にどう返したらいいのか分からずくちびるをかむ。
そんな様子に気づいたのか『ダメなら、いい』蛇は聞き分けよくおずおずと言う。
まるで蛇自身がコノハさんのようで、こういうとき私は困惑してしまう。
だって確かに一目惚れだから外見が好きなのだけれど、中身だって好きだから。
彼がまだいると思うと嬉しくもなる。


「ダメじゃないけど、暑いわよ?いいの?」


蛇は変温動物なんだと習った。
気温に左右されるから今、こんなにも冷たいのだろう。
冷房のきいた部屋には、考えてみれば「醒める」は辛いかもしれない。
蛇って冬眠するし。


『うん。行きたい』


キラキラと目を輝かせるから、蛇が可愛いと思うようになるなんて予想もしなかったのに。
小さな蛇をポシェットに滑り込ませてあげて、外に出た。





「どこか行きたいところはある?」


『外が見たかった、だけだから』


行く宛もないから聞いたのに蛇は存外自分勝手にものを言う。
他の皆さんに未だ宿る蛇も、こんな風に勝手に喋るのだろうか。
他の蛇が話すところを見たことがないので分からない。
ただ、自分に宿る蛇はいい子なのだとみんな言うから、親バカだなあと思った記憶がある。
自分勝手でも可愛く思えるのかもしれない。
私だってこの蛇を可愛く思ってしまっているくらいなのだから。
つるりとした頭を撫でながらあてもなくぶらぶらと歩く。
都会はヒートアイランド現象が進みすぎていていけない。
コンクリートに照り返す日は田舎のそれとは比べ物にならないから、きちんと日焼け止めを塗ってくるべきだったと後悔する。
なるだけ日陰を歩こうとゆっくり歩いていくと、生け垣の横に転がるものが目に入って思わず足を止めた。


「蝉、もう死んじゃっているんだ」


蝉の命は儚くて、一週間もないらしいというのはよく知られているけれど。
こんなにも毎日元気に鳴いていたから、まさかもう死んでいるとは思わなかった。
死骸、というより遺体と言うべきだろうか。
それを、このままでは誰かに踏まれそうな位置にあったので端に寄せる。
私にとって蝉は、忘れたいけれど忘れてはいけない、大切な思い出の中に登場する重要な生き物だから。


『蝉、好き?』


「そういうわけじゃないわ。でも、蝉がいたから私はあのときああ言ったような、そんな気がするの」


視線を前方に戻すと、あの日のようにユラユラとカゲロウの揺らめく道が見えた。
横断歩道の白線と信号機があのときに重なって見える。
病気になりそうなほどの日差しの下で、馬鹿みたいに一色の青い空に白い雲。
蛇は何も聞いてはこなかったけれど、私は構わずに続けた。


「夏は嫌いかな、って」


本当はそんなことは全然ないのに。
夏は、どれよりも大切な季節なのに。


『嫌い?』


蛇はただ反復しただけなのかもしれないけれど、何だか私にはあの日のヒビヤの声に重なって聞こえた。
夏は嫌いかと問うた、彼。


「嫌いじゃないわ」


それどころか、今はもう。
私はそれ以上は続けずに、青い青い空を見た。
下ばかり向いていたからか、やけに広く、大きく感じる。
空はどこまで広がっているんだろう。
コノハさんに出会えたこの夏。
色んなものを、きちんと見直すチャンスをもらった夏。
蛇になつかれた夏。
そしてヒビヤと、過ごした夏。
一夏の思い出にするには豪華なラインナップに、私はひっそり息を漏らす。


『僕も夏、好き』


蛇は心なし嬉しそうに言った。
でも「も」ってのはちょっと違うわ。
だって私は、あえて夏を評するならば。




 愛していると言わせて欲しい


 title by:休憩













ヒヨリに蛇は宿っていませんがヒヨリと蛇のやりとりがすごく見たかったので。
冴えるでもよかったかなあと思ったけど、冴えるだと殺伐としすぎるんじゃないかと思ったので止めました。

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