TOY

□初夏の雪
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(モモと蛇)



私は私の力だけでは生きていない。
私はずっと前から、この蛇によって生かされていて、そうして暮らしている。
蛇のお陰で困ることもたくさんあったけれど、得られたものもたくさんある。
たとえばこの地位、このポジション。
これは目を「奪」い、人気を集めることができたからこそ実現したアイドルという職業。
憧れられもした。まあ、恨まれたりすることもあったけど。
つまりは、悪いことばっかりってわけでも、なかったんだ。



今日はお兄ちゃんも珍しく家にいない。
アヤノさんが戻ってきてからというもの、お兄ちゃんは前よりちょっとだけアクティブだ。
引きこもり立ったことから考えるとものすごい進歩だなと思う。
いやはや、本当。
話は戻るのだけれど、そもそも私は目を「奪」うことに憧れていた。
よくある嫉妬の類いである、できのいい兄と不出来な妹。
お母さんの目に、お父さんの目に、誰彼かの目に、真っ先に止まるのはお兄ちゃんだった。
天才、神童、そんな風に言われるお兄ちゃんが羨ましくて仕方なかった。
私はいつも、モモはモモのままでいいのよ、って何をしても励まされるばかりで。
どんなに努力しても、自己ベストを更新しても、それはお兄ちゃんが平然と叩き出した数値には届かない。
寂しかったんだ、それで、嫌だったんだ。
そんなことばっかり考えちゃう卑屈な自分が。
いつもなら、みんなの前なら、明るく振る舞えるのに。


『じゃあ今の生活には満足、ってこと?』


不意に蛇が話しかけてくるものだから驚いた。
私に宿るこの「奪う」蛇は自由気ままで、私に話しかけるのだって気紛れなのだろう。
いつも驚かされる、前兆やら前振りやらが一切ないのだから。


「本当は最初から満足すべきだったんだなって思いもするけど。あなたのことを嫌いながら生きてくのは、ダメなことだから」


『ダメではないよ、別に。律儀だね』


むつかしいこと考えるようになって、付け足しながら蛇は小馬鹿にしたように言う。
でもそんな態度にももう慣れっこになってしまったから、私は息を吐き出して少しみけんにまゆを寄せるだけに留めた。
生かされてるとかそんなこと、考えなくていいのに。
蛇は独り言のように、呟くように言う。
私は返しようがなくて黙ったままだ。


『僕たちは君たちの願いを叶えるためにいるんだから、そうやって考えなくていいんだよ』


「願いって、生きることじゃなくて?」


『結果的にはそれも含まれているけど、君、根本はそんなこと願ってないだろ』


諭すような年上ぶった言い方は、何だか子供だと言われているみたいで嫌だ。
私もう高校生なのに。
それに溺れたとき、カゲロウデイズに接触したであろうあのとき、私は確かに思ったのだ。
願ったのだ。
まだ生きたい、死にたくない、助けて、と。


『まあいいや。ねえ、次はどんな風に視線を「奪」ってほしい?また前みたいに不意打ちでやってあげようか?』


いたずらっ子のようなそれに私ののどはひきつった音を出した。
それだけはもう勘弁してほしい!
唐突にはじまる追いかけっこはなかなか終わらないから、私はとっても辛いのだ。


『冗談だよ。もう君が困るようなことはしないって』


それならばこれまでだってしないでほしかったなあ。
そんなことを思ってしまうのは仕方のないことだろう。
私が小さくこぼしても、蛇は何も返さなかった。
真意が読めなくてつかめなくて、私ばっかりまた置いてきぼりをくらっているみたい。
頬を少し膨らませると、不意に視界に白いものがちらついて慌ててそちらへ視線を向けた。


「わ!ゆ、雪!?」


ここは私の部屋で、季節は夏なのに、どうして。
混乱しながら降ってきた白いものを手のひらの上に乗せると、それは温度を感じさせる間もなく空に消える。
どういうことなの?


『……ね、言ったろ?君の困るようなことはしない、って』


あたふたする私に、蛇は楽しそうに言った。
確かに考えてみればこんな超能力みたいな非現実的なこと、蛇の力くらいでしかできなくて。
そっか、私も目を「奪」われたのか。
なんて、今更ながら理解して一気に強張った肩の力が抜けた。


『だからこれからも、頑張ってよ』


「え、ちょっ!?」


蛇は待ってくれない。
でも私でも、このくらいはちゃんと分かるよ。
励ましてくれたんだね。



私は、私たちは蛇に生かされている。
けれど私たちはとても幸せなの。
だって私たちには、いつだって私たちの味方でいてくれる子が、そばに付いていてくれるのだから。



 初夏の雪


 title by:休憩




















モモに宿る「奪う」は素直じゃないけど本当はとっても優しい子だといいな、というだけの妄想の産物。
タイトルとのこじつけ感がすごい。
素敵タイトルをまた生かせなかった……。

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