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□泣かない子供の理想郷
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(柴樹一姫)



姫ちゃんはいつだってがらんどうです。
叩いても叩いても、ぽわーんとちゃんとした音も返せないがらんどう。
そんな姫ちゃんが得意なのは「なりきること」で、だから姫ちゃんは師匠の望む姫ちゃんを演じ続けたですよ。
潤さんの望む姫ちゃんでいつづけたです。

でもいつしかそこに、生まれるはずもない感情が生まれてしまったものだから、だから姫ちゃん、とても戸惑ったですよ。
だって確かに、この姫ちゃんなら師匠を好きになったって仕方ないのかもしれないです。
好きにならざるを得ないのかもしれないです。

けれどそこに姫ちゃん自身の気持ちはなくて、いつもなら偽物を演じ続けているだけだったですから。
全部が全部きれいに嘘だったはずなのに、どうしてって、そんな気持ちだったです。



よく恋してる気持ちはきれいだとか素敵だとか、そんな風にみんな言うですよね?
でも姫ちゃんは、そんなことはまったく思わなかったですよ。
思うことなんてなかったです。
ただこの気持ちに気づいたとき、そんなの嘘だって思っただけだったです。

姫ちゃんは狂戦士で病蜘蛛でジグザグで曲弦師で、これまで生きてくるだけに人を殺しすぎているから。
いまさら人を好きになるなんて、許されないなと思ったです。
それに教えてくれることは一度としてなかったけれど、潤さんが言うところの「うにーな彼女」がいるらしいし、それに師匠は崩子ちゃんにも好かれてるですから。
そう、師匠はみんなに好かれているです。
姫ちゃんは偽った姿の姫ちゃんでしか、好かれないのに、今は好かれもしないのに、師匠は違うですから。



姫ちゃんの体は戦いに飢えていて、必要じゃなくとも強者を拝してしまおうとしてしまうです。
馬鹿ですよね。
これは理屈がない、ただの本能です。
萩原せんぱいあたりに聞かれたらまた、あなたは馬鹿なのとあきれたように言われてしまうところですね。
姫ちゃんもあんまり馬鹿って言われたくないんですけどね、むつかしいです。
気を一瞬でも抜けない攻防戦、生きてるって実感する瞬間ですから。
さて。あなたの意図は、ここで千切れます。



でもね師匠、姫ちゃん、ここは勘違いしてもらいたくないです。
姫ちゃん別に、そこまで馬鹿なわけじゃないですよ。
赤点ばっかとってたけど、あれは本当の姫ちゃんじゃなかったからです。
言い分けじゃないです。

馬鹿な姫ちゃんになったら、最初に設定した元凶の師匠を殺しでもしない限りこのままなんですよ。
本当ならこんなに迷惑だってかけることはないだろうし、上手に話すことだってできるだろうと思うです。
……でも馬鹿な姫ちゃんじゃなきゃ、ああやって師匠と話すこともなかったでしょうね。
それに師匠とこうやって過ごせなかったでしょう。
そういう意味では感謝してるですよ。本当に。



ああそう、そんなわけで、姫ちゃんは死にました。
一人つめたい地面の上で、死にましたです。
姫ちゃんがこれまで散々ばらばら死体を作っておいて何なんですけど、欠損部位のある死体ってキモチワルイですね。
ありえないです。
すぐさま焼却処分です。

暑い日だったけど夜だったこともあって、姫ちゃんの死体に無視が群がったりはしませんでした。
それは自分でも嬉しいです。
自分の体にハエなんかがとまったら、もう姫ちゃん耐えられないですよ。
師匠はあんまり気にしなさそうですけどね。

死んでから思ったのは、師匠との約束を守れなかったなあって、そのことでした。
遊馬さんの故郷に行こうって、約束したのに、行けなかったなあって。
師匠と旅行、したかったなあ。
姫ちゃんの死は無駄なものだったかもしれないです。
でも姫ちゃんはあんまり後悔はしてませんでした。
だって不幸の源みたいな姫ちゃんが死んだんです、師匠は今よりかは幸せになれるだろうなって、思ったですよ。
師匠が幸せになる世界に姫ちゃんの存在は脅威的ですからね。
死んで当然です。



…………ただ、ですね。
ただ最後に、姫ちゃんに師匠がお疲れさまと言ってくれて、姫ちゃんの名前を呼んでくれただけで、それだけで報われたんです。
寂しいけど、同時に死にたくなかったなあとも思ったけど、よかったなあって。
死んでからはじめてだと思います、姫ちゃんは師匠の涙を見ました。
とても綺麗な涙は姫ちゃんの血に落ちて混ざって、溶けました。
姫ちゃんはとっても嬉しかったです。
考えてみれば姫ちゃんも泣き虫で、だけど自分のために泣いたのは澄百合学園を崩壊させたあの日だけだったなって、思い出したです。
姫ちゃん思ってたより、自分のために泣いてなかったですよ。
その涙の分を代わりに師匠が流してくれてるのかなって思ったです。

そうしたら、師匠の涙は綺麗に見えるから、姫ちゃんもちょっとは綺麗なところがあったのかなあって、思えたですよ。
笑っちゃうことですけどね、こんなに汚いのに。
だから生まれ変われるなら次は、姫ちゃんは、普通の、刺されたら死んじゃうような、か弱い女の子になりたいなあ。
それなら師匠を傷つけずにすんだだろうから。
姫ちゃんが普通の女の子だったら、師匠はこんな風に頭を拾ってくれたり、泣いてくれたりは、しなかったでしょう?




泣かない子供の理想郷


title by:告別














西尾維新さんの戯言シリーズより、柴樹一姫こと姫ちゃんを書いてみました。
姫ちゃんがたくさんいる登場人物の中で一番好きです。
特に「クビツリハイスクール」のラストシーンは本当に!
初めて書いたしだいぶ忘れちゃってる部分もあるんですが、書けてよかったです。
死後の世界があるならばあれだけ人を殺しましたが姫ちゃんには幸せになってもらいたいものです。

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